2021年12月12日の『懐かしの787系つばめ号乗車のたび』続篇です。

今回は旅の後半、八代駅から終着の博多駅までJR鹿児島本線の区間、そして札幌までの帰還篇(福岡空港まで)を紹介します。いつもながら長い記事ですが、最後までお付き合い頂ければ幸いです。

しかし…本記事執筆中のタイミングで九州を中心に『線状降水帯』が発生して大雨が降り続いているとの事で、大きな災害にならないかとても気掛かりであります。大雨の後は猛暑、そして冬になれば北国ではドカ雪…とこの繰り返しになっているようで、海に囲まれた日本には住みやすい土地がどんどん少なくなってきている、もうそういう風に思うしかないのでしょうか。

 

それでは続きです。

さて、久々にJR九州区間に入る八代駅ですが、9分停車にも関わらずほとんど写真を撮っていない事が判明…😵ちなみにこのカットは前回(①)のラストとは別テイクです。

八代市といえば…言わずと知れた八代亜紀の出身地ですが、流石に時節柄『雨の慕情』は聴きたくありませんね…。

 

 

 

私は早々と自席に戻り、昼食の『つばめオリジナル弁当』(松栄軒謹製)を停車中の時点から食べる事にしたのでした(八代駅での写真が上の位置のカットしかなかったのもその一因)。お品書きはありませんでしたが、御飯物は『えびめし』『かしわめし』の2種、オカズとして鹿児島黒豚やさつま揚げなど駅弁メニューの中からセレクトされているようで、なかなか充実したラインナップ。ごちそうさまでした😋

 

 

 

八代駅を12:27に発車後、お隣の新幹線接続駅・新八代駅を立体交差で通過しますが、787系つばめ号の歴史を語る上で欠かせないのが『リレーつばめ』の同一ホーム上での対面乗換。九州新幹線鹿児島ルートが暫定開業し、在来線特急が新幹線駅に直接乗り入れるためのアプローチ線でしたが、2011年に博多まで全通して役目を終えた後は新幹線の保守用車両が留置されています。

 

 

 

列車は熊本の近郊区間に入り、九州新幹線の高架橋と再び並行。川尻~西熊本の間にある側線には、YC1系の投入に伴いこの年の夏に全車引退したキハ66・67系6編成計12両(シーサイドライナー色3編成、国鉄気動車急行色2編成、ハウステンボス色1編成)が疎開留置されていました。一応2022年4月1日現在ではまだ車籍が残っていますが…。

同系は近郊型気動車ながら、冷房と転換クロスを初めて採用した意欲的な設計思想は評価されてしかるべきでしょう。結局、私が現役当時に乗ったのはでラストナンバーのキハ67 15(早岐→長崎)と、急行色のキハ67 110(長崎→浦上)だけに終わってしまいましたが。

 

 

 

12:54、熊本駅6番線に到着、6分停車します。

一応、ツアー自体は当駅から博多までの乗車プランも用意されていたのですが、割高な料金が敬遠されたのかそのような参加者は見受けられず…(あくまでも5号車での話)。

側面方向幕は、誤乗防止のため再び『団体専用』に切り替わっていました。

 

 

 

前回2018年正月に『かわせみ やませみ』で当駅に降り立った時は部分高架(鹿児島本線上り線のみ)の時で、当時はまだ地上だった豊肥本線の0番A・0番Bというユニークなホーム番号があったのが思い出されます。北海道への帰路に熊本空港へ向かうため肥後大津駅まで乗車したのがこの815系(写真は当該車両とは異なる)ですが、流石にこの頃になると水戸岡デザインも好き嫌いがハッキリと分かれるようになってきたような…(※あくまでも個人の意見です)。

 

 

 

13:00に熊本駅を発車、新幹線と並行しながら熊本の街並みを望みます。

 

 

 

さて、鹿児島中央~川内の間で配布されたツアーオリジナルグッズの申し込み用紙でしたが、希望者多数の場合は抽選との事で、どれか買えたら…と思い全ての商品を希望した処、『つばめ愛称板』(限定20枚・¥4000)は漏れたものの、『JR九州オリジナル座布団』(限定数記載ナシ・¥2000)と『運転士時刻表(レプリカ)』(限定40組・¥6000)は購入が成立!特にこの座布団、座席モケットと同素材(この青色は783系に見られるらしい?)のため、こういうグッズが欲しかったんですよ!北の会社九州を見習ってこういうグッズをどんどん商品化すればいいのに。

 

 

 

運転士時刻表は価格がお高いからか売れ残ったようですが、今回の旅の資料(ブログ執筆にも大いに役立った)としてという意味合いもあり、大枚はたいて買わせて頂きました(グッズの売り上げ的にはボロ儲けでしょうな😓)。勝手ながら途中通過駅の時刻などについてはボカシ処理させて頂きます🙇‍♂️

 

 

 

列車は菊池川を渡り、13:20、玉名駅3番線に到着。5分停車ですが、ホームに降りる事ができました。

 

 

 

玉名駅から先の区間において、福岡県大牟田市『観光おもてなし課』の方によって観光パンフレット類が乗客に配布されました。次の大牟田駅では40分停車し、駅構内で特産品販売などのイベントが開催されるとの事でそのPRに廻っていました。

尚、地図上で見る限り、長洲駅~荒尾駅の間は有明海に最も近い区間を走行しますが、木々や建物に阻まれて海を眺める事はできません。

 

 

 

そして列車は福岡県に入り、13:40、大牟田駅2番線に到着。

いわゆる『バカ停』(特急でこの表現は不適当かもしれないが)となり、ここで列車も乗客もひと息付く事になります。運転士は当駅から南福岡運転区の乗務員に交替。

 

 

 

大牟田駅の西口側には、鹿児島本線のライバルである西鉄大牟田線が発着。

 

 

 

2・3番線ホームの駅名標がJR九州仕様であるのに対し、1番線ホーム側のソレは書体こそ異なりますが国鉄風(?)仕様で駅ナンバリングの記載もありません。

 

 

 

その1番線ホームで、つばめ号ツアー客向けのイベントが行われました。観光列車でおなじみとなったご当地キャラのお出迎えですが、ここ大牟田市は『ジャー坊』というキャラクター(詳細はリンク参照)。『妖怪ウォッチ』などで知られるレベルファイブ創業者で社長の日野晃博氏が当市出身という事で、その縁で同社がデザインに関わったとの事。ジャー坊キャップを被った方が記念撮影サービスに応じていました。

 

 

 

また、特産品販売も開催され(上写真右側)、私は市内の菓子店『長崎屋』(※言うまでもないが、同名のスーパーとは無関係)のカステラとカスタードケーキ『有明の月』(コチラはおススメ!)を購入。

 

 

 

そして、九州新幹線開業まで鹿児島本線特急の主役だった787系にまつわる写真パネル展も同時開催。


 

 

 

写真の中には、2021年3月ダイヤ改正でその愛称名が消えた『有明』もありました。

かつては30往復超という凄まじい勢力を誇った九州特急の代表的存在も、『つばめ』登場(厳密にいえば復活)と九州新幹線の開業に伴いその影は次第に薄くなり、最後は朝の大牟田→博多の1本のみというあまりにも寂しい末路でした…。ホームに残されていた駅員さん手作り(?)と思われる「ありがとう有明」の看板が哀しい…。

 

 

 

そして大牟田といえば三井三池炭鉱がかつて操業しており(1997年閉山)、その『炭鉱電車』(※三池炭鉱専用鉄道、炭鉱閉山後は一部が三井化学の専用鉄道となり2020年廃線)にまつわる展示もありました。いわゆる『ロクサン形電車』同型の客車(右中央の車両)は従業員とその家族の輸送に限られ、かつての子供向け鉄道図書(『ケイブンシャの大百科』だったか?)で「ヨソ者は乗せない」として紹介されていたのが印象に残っています。

2枚目の写真はこの炭鉱電車をイメージしたジオラマ(Nゲージ)。

 

 

 

停車時間中、ちょうど車内の乗客のほとんどが出払っていたため再び車内観察。

5号車車内(進行方向向き)。本木目のテーブルが備わったデッキ仕切り壁側の席は終始空席のままでした。

 

 

 

コチラは4号車(元ビュッフェ車)の車内。

シートには『TSUBAME』ロゴ、そして木目の仕切り扉にはつばめマークが今も残ったまま。

 

 

 

大牟田駅到着前に事前告知されていましたが、車掌さんの特別な計らいにより停車中の間に再び幕回しサービスが行われたため、コチラも動画を貼り付けておきます。

 

 

 

長かった停車時間も終わりに近付き、出発前に最後尾1号車の入口付近にて車掌、そしてつばめレディの計5人のクルーが集結して記念撮影が行われました。特にいちばん右の方の誇らしげな笑顔が印象的でしたね(※肖像権のため画像を加工させて頂きます)。

 

 

 

14:20、大牟田駅を発車。ここから列車番号が再度変わり、9094Mとなります。

いよいよ『懐かしの787系つばめ号』の旅も終盤に差し掛かって参りました。西鉄線の高架橋と並行。

 

 

 

お次の停車駅、久留米駅5番線には14:45に到着。約11分停車します。

 

 

 

芸能人の宝庫ともいわれる福岡県。ここ久留米市は松田聖子の出身地として有名ですが、他にも元国鉄職員だった藤井フミヤをはじめとするチェッカーズの一部メンバーも当市出身。

 

 

 

久留米駅を発車後、九州一の河川である筑後川を渡り、一旦福岡県から離れて佐賀県(鳥栖市)に入ります。

 

 

 

筑後船小屋駅付近から進行右側に並行していた九州新幹線の高架橋をくぐって博多駅近くまでしばらく鹿児島本線とは離れますが、この先に長崎本線と接続する新鳥栖駅があります。

 

 

 

そして、新幹線が通らなかったため昔のたたずまいが残る鳥栖駅1番線に一旦運転停車(1分程度)。このホーム屋根の柱、そしてホーロー駅名標がとってもレトロ!!

 

 

 

787系の旅も残り30分を切り、つばめレディがサービスのキャンディを乗客に配ってきました。パッケージに描かれた800系新幹線の絵柄が可愛らしいですね😉

 

 

 

再び福岡県(筑紫野市)に入り、最後の途中停車駅となったのが、15:18着の二日市駅(4番線着)。

 

 

 

なんとここ二日市では「特急に特急が追い抜かれる」という珍事が!まぁ臨時列車の宿命だけに仕方ない事ですが。先輩である783系(本ミフCM2編成)による4018Mみどり18号(15:23発)に道を譲った後、15:24に再度出発。博多へ向けてラストスパートをかけます。

 

 

 

次は、終点 博多です。

そういえば、車掌さんの車内放送は「懐かしの787(ナナパーナナ)系つばめ号」と案内していたのに対し、つばめレディからは「ナナハチナナ系」と呼称が異なっていました。まぁ北海道のキハ183系を「イッパーサン」と呼ぶか「イチハチサン」と呼ぶかの違いみたいなモンか(ちなみに私は前者で呼んでます)。その183系、まさか九州の『あそぼーい!』が最後まで残るとは…😲九州にN183系ベースで1000番台(当初『オランダ村特急』)がデビューしたのも驚きでしたが。

 

 

 

二日市→博多においてはノーカットの車窓風景(ほとんど都市部だが)の動画を添付しておきます。終盤の車内放送では、かつてJR九州の特急列車で流れていたというHi-Fi SETの『浪漫鉄道』が歌入りで流れました(動画3分40秒頃~。その前につばめレディによるお礼放送が入ります)。その後車掌によって787系つばめ号現役当時をイメージした車内放送が入り、『寝台特急あさかぜ』などの乗換案内も…。東京~九州の寝台特急を1本でも残して欲しかったというのは鉄道ファンのエゴでしょうか…😔

 

 

 

そしてついに…鹿児島中央駅から約6時間半の旅を終え、終着・博多駅4番線には15:37に到着。往年の特急つばめ号を彷彿させる在来線特急電車の旅がここに実現できて、とても充実した旅となりました(ちょっと料金はお高いけど、某CT社よりはマシ!)。

自社でこのようなツアーを催行できるJR九州に対して称賛の言葉を送りたいですが、コレに対してマンパワー不足で旅行業からほぼ撤退してしまった北の会社にはそんな余裕もなく(列車を利用する旅行商品は他社主催)、返す返すも残念でなりません。

 

 

 

向かい側ホームの3番線には、二日市駅で追い抜かれたみどり18号が既に到着していました。『JR初の新型特急電車』783系は廃車が進んでいますが、九州新幹線長崎ルート開業後は何らかの変化があるのでしょうね(ダイヤ改正時もとりあえず同系の運用は残るようだが…)

 

 

 

回送列車を見送った後、博多駅の外へ。

流石九州一の大都会、福岡市の人口は札幌にはかなわないものの、人口密度がまるで違うから人の数もより多く感じる!コチラのほうがよっぽど大都会に思えてしまうんですよ…(汗)。

 

 

 

そんな福岡よりだいぶイナカの札幌に戻るべく、私は地下鉄空港線に乗って福岡空港へ。

 

 

 

筑前前原発520C(博多駅16:02発)は元祖地下鉄車両の1000系(リニューアル済)の第11編成でしたが、この先頭6号車の1522の当初の車両は筑肥線の踏切事故で廃車、同一番号で代替新製されたといういわくつきの車両だったのを知ったのは、札幌に帰った後の事でした…。この木目調デコラが、札幌市営地下鉄の元祖2000系を彷彿させて懐かしさを感じてしまうのは私だけ?(ちなみにドアチャイムの音は札幌市営地下鉄の現行車両と同じ音)

 

 

 

福岡空港からはJAL機乗継で新千歳空港へ。

この先の行程は省略させて頂きます…(まぁ無事に着いた事だし、多分どうでもいい事だと思うので。勿論コロナにも罹っておりません)。

 

 

というワケで、旅行から半年以上も遅れてしまったものの、ここにようやく日の目を見る事となった当ブログでしたが、あとは…来月に予定されている787系定期特急の旅が無事実現できますように…🙇‍♂️その事を祈りつつ、本稿を締めくくらせて頂きます。長々とお付き合い頂き、ありがとうございました。

(7/22、一部誤り箇所を訂正させて頂きました)

おわり