1972/07 中央西線+小海線
1972/07/29-30
武蔵境SL会で、小海線のSL撮影旅行があった。
主催者の国鉄職員のOさんが、小淵沢でC56のカマ磨きができるようにセッティングしてくれた。
そのままその企画にただ参加すればよかったのだが、単独で、前夜の夜行で中央西線に寄ってから、合流するということを思いついた。
確か、SL会の企画では、新宿1000-1236小淵沢のアルプス2号 1403Mで小淵沢に着く予定。
1972/07/28 前夜、一人で新宿から塩尻に向かう。中学生の一人旅だったが、前回紹介した通り、前年に一度同じコースで行っていたので、少しは心の余裕がある。
新宿2345-453塩尻 アルプス11号 413M
指定券がとってあった。1号車12B。松本まで買ってあったが、塩尻で下車している。
重連の貨物の到着を撮影。
誰か前に写っているがご愛敬。
レンジフードカメラに、白黒のフィルムを使った。SL会で、モノクロの引き延ばし作品を見ていろいろ教えてもらったので、その選択になった。
その前に、近場で練習撮影をしているが、それはそのうちまた紹介することにしておく。
[5871] -518塩尻 D51775+D51348重連
到着後、切り離した重連の機回しも撮っていた。
中央西線の始発で、一番近い撮影地の贄川に。
塩尻637-702贄川 824レ
降りてすぐ線路と並行する中山道を日出塩方向に戻り、アンダートラスの鉄橋を目指す。
記憶がはっきりしないが、868レ日出塩720-729贄川がD51重連で来たはず。
だが、時間に余裕がなく、鉄橋を国道から真横に撮る位置までたどり着けず、鉄橋の横のポジションへの入り方もわからず、結局、カメラを構えられる位置でないところですれ違って、撮れなかった。
写真が残っていないので、完全に忘れていたが、今回、ダイヤなどから行動を再現している中でそのときのくやしさを、微かに思い出した。
今回の寄り道は、この列車が、一番の目玉で、あとはあまり絵にならない...
次の塩尻行きの貨物。D51ナンバー不明。
[865] 贄川838-846日出塩 D51
このアンダートラスの鉄橋は、第一奈良井川橋梁。当時は、かなり有名な撮影地だったが、現在は周りの木が大きく茂って国道からは見えなくなってしまったらしい。
もう一本、同じところで、接近の遠目と、後追いを撮っている。
途中に1枚挟んだカラー写真は、ハーフカメラのオリンパスPENのEE2で撮った。
もちろん、どちらも親からの借り物。
タイミングから、ハーフカメラの方を三脚につけていたのだろうか。
三脚は、この年のどこかの時点で地元のカメラやで買った記憶がある。
当時のダイワの4段三脚。ダイワはのちにスリックに合併したが、ブランドはまだ残っているらしい。この三脚、運台が後に壊れて交換したが、足は非常に頑丈で今でもまだ使える。
あとから弟が買ったスリックのは、先にガタがきた。
[867] 贄川933-941日出塩 D51209
ここで駅に戻る。
駅には、中津川向きにD51が単機で停まっていた。
どうもうまく該当するスジがない。撮りそこなった重連の補機だけおいていったのだろうか。
今回、確認したらD51775。早朝、塩尻で撮った重連の頭のD51だった。
[8872?] 贄川D51775
最後に、記念写真を撮っている。
この白いジーパン、お記憶ください(笑)
次の列車で塩尻に向かう。おそらくDD51牽引だが、当然記録せず。
贄川1033-1053塩尻 825レ
複線区間、途中で貨物とすれ違い。
825レは、日出塩1040-1047洗馬となっているので、定刻通りなら、日出塩寄りですれ違ったようだ。
[1894] 洗馬1032-1043日出塩 D51688
右の石垣?から、現在のこの位置あたりだったのかも。
塩尻到着。
前回もだったが、中央西線は本数が少なく、東線上りとの乗り継ぎも非常に悪い。
中央西線からのD51貨物が入ってきた。
左奥が中央西線中津川方向、右側が篠ノ井線松本方向、真ん中左寄りの奥が機関庫だったようだ。ホームの向こう側の客貨車区で機関車切り離して、機回ししてバックで中線で一端停止。そのあと機関庫に向かっている。早朝の重連と同じ動き。
[3893] -1150塩尻 D51245
最後の一枚は、ヒマワリが写っている。
カラーで撮るべきだった。
SL会と合流するために、小淵沢に向かう。
塩尻1200-1319小淵沢 アルプス51号 9404M
次回、小淵沢でのカマ磨き!