「富士」の歴史のお話をやろうかな?とも思うのですが、日本初の特急列車まで遡るのも大変ですし、151系の「こだま」がデビューしたあと走っていた電車特急「第一富士」やらの話もちょっとズレますね。
本日はブルトレに限ったお話とします。
先月の“あさかぜ”に続いて新規入線のブルートレインのご紹介です。
KATO
3061-1
“EF65-1000 後期形”
10-855&856
“24系25形寝台特急「富士」基本&増結セット”
入線は2022年5月28日。
予約も無しに上手く手に入れることが出来てホッと一安心したんですが、こんなことで一息つくなんて窮屈な世界になって久しいですね。
PFは元々ウチにいる機体でして、入線から6年経った今でもしっかり走ってくれています。
24系25形と呼ばれた車両で組成された編成です。
これだけの長編成で食堂車まで組み込まれておるにも関わらず、“ロ”が付く車両はオロネ25の一両だけです。
この他に客車はオハネフやオハネと云ったB寝台ばかりなんですが、3段から2段に減らされた開放寝台は、そこまで窮屈さも無かった気がします。
もっとも、何度か申し上げておりますが、ワタクシの24系25形の記憶は修学旅行の帰りに乗った“日本海”だけですのでアテにはなりませんがwww
〜寝台特急「富士」ひとくちメモ〜
ブルートレインとしての「富士」が誕生したのは1964年10月1日のダイヤ改正にて、「みずほ」のうち門司で分割・併合されて日豊本線の大分までを結んでいた編成が分離独立したものである。
翌1965年には、宮崎を経由して西鹿児島まで延長され、
所要時間24時間超・走行距離1598.8kmを誇る日本一の長距離ランナーとなる。
(1980年10月1日のダイヤ改正にて宮崎〜西鹿児島間の運転は打ち切り)
当初20系で運行された「富士」は、1975年3月10日に24系客車による運用となり、1976年10月1日にはB寝台も二段ベットを採用した24系25形に変更される。
1997年11月19日からは宮崎発着が大分発着へと改められ、鹿児島本線経由の「はやぶさ」と併結されるようになった。
2009年3月14日には、併結されていた「はやぶさ」ともども廃止された。
(学研「よみがえるブルートレイン」より)