2005年撮影。
今回の『駅【アーカイブ】』コーナーは、
宮城県北西部、栗原市の丘陵地、細倉鉱山近くに存在した「くりはら田園鉄道線(愛称:くりでん)」の終着駅でしたが、利用者の減少などから、2007年4月1日に廃止された
細倉マインパーク前駅 (ほそくらまいんぱーくまええき。HOSOKURA MINE PARK MAE Station) です。
尚、駅舎やホームは現在も存在しますが、今回は現役当時の写真のみを掲載します。
写真は少ないです。ご了承下さい。
駅名
細倉マインパーク前駅 (駅番号なし)
廃止日
2007年4月1日
当時の所在地
宮城県栗原郡鴬沢町 (現・栗原市)
路線
くりはら田園鉄道:くりはら田園鉄道線
隣の駅
石越方……鶯沢工業高校前駅
訪問・撮影時
2005年7月
奥の建物が駅舎です。
三角屋根が特徴でした。現存しています。
手前の建物(寿司店)は解体されました。
駅前広場がありました。トイレもありました。いずれも現存しています。
こちらも駅舎の写真です。
駅前です。南を望む。左に駅がありました。正面は駅前広場です。
周辺は住宅地でした。
駅北側には駅名の由来となった観光施設「細倉マインパーク」があります。
また、駅西側には細倉鉱山があり(右前方の森の奥)、そこでは細倉金属鉱業の工場が稼働していますが、現在は鉛、亜鉛の採掘をしていません。
駅舎内です。このような写真しかなく、すみません。
無人駅で、駅舎内は実質的に待合室として機能していました。ベンチや飲料自動販売機があり、トイレもありました。
後方が出入口で、右側がホームでした。
尚、細倉マインパーク前駅はバリアフリー非対応でした。
駅名標です。
青地で白文字でした。シンプルなデザインでした。
細倉マインパーク前駅は単式ホーム1面1線でした。
1990年開業ながら古風な上屋でした。
石越方を望む。
少し先に細倉駅跡がありました。2005年当時は駅舎、ホーム、駅名標が残っていました。
細倉駅から細倉鉱山への貨物線跡を一部流用して延伸し、1990年に細倉マインパーク前駅へと移転しましたが、わずか17年で廃止に追い込まれました…。
終端方を望む。
貨物線が現役だった頃は、さらに約400m先の細倉鉱山までレールが延びていました。
右の高台には貨物輸送で使用されていた電気機関車と貨車が静態保存されていましたが、今も屋根が付けられた上で保存されています。
細倉マインパーク前駅の約200m東には、2005年の時点で旧・細倉駅の遺構が残っていました。
駅舎はくりはら田園鉄道の事務所として使用されていました。既に解体されており、現存しません。
ホームも残っていました。こちらは現存しているそうです。
終端方を望む。左側に駅舎がありました。奥に細倉マインパーク前駅があります。
細倉マインパーク前駅開業後は右側が本線になり、ホーム側の線路は側線と化していました。
当時の旧・細倉駅には駅名標もありました。現在は撤去されているとの事です。
隣駅は「こまば(駒場)」とありますが。栗原電鉄がくりはら田園鉄道に社名を変更した1995年7月1日に鶯沢工業高校前駅へと改称されました。
あとがき
私が細倉マインパーク前駅で下車(乗車)したのは2001年と2005年の計2度です。2005年訪問時は廃止まで2年を切っていました。お盆期間に訪問しましたが、意外にもファンは全くいませんでした。お名残乗車の人が増えたのはもっと後でした。
下車(乗車)時・・・2002年、2005年
廃駅訪問は(飛行機、レンタカー含む)
東京から・・・当日中に到達可能、日帰り往復可能
大阪から・・・当日中に到達可能、日帰り往復可能
食料・飲料 (500m以内)
コンビニ・・・・・・なし (以前あったヤマザキショップは閉店しました)
飲食チェーン店・・・なし (駅前に食堂があります)
廃止は残念ですが、実情を考えると仕方ありません。現役時に訪問できてよかったですが、もっと写真と撮っておけば…。
駅舎やホームは残っていますので、当時の雰囲気を味わう事は可能です。
(参考:地理院地図、Google地図、Wikipedia)