日もとっぷりと暮れた夕飯時の午後7時台。テレビでは「レコード大賞」が始まっていたと思われます。

 

 

この時間帯になると、昼行特急の最終便がこぞって出発して行き、「ひばり」と「ひたち」の同時発車もこの時間が最後になりますが、もう撮るどころの話ではありません。

そして上野駅も遅まきながら、夜行列車の出発が始まります。昼時にも同じことが言えますが、帰省客でごった返していたと思います。ただ、31日はピークは過ぎていると思いますね。きっと、仕事の都合や切符が取れた取れないの都合でやむなく31日に東京を出発するという感じになるのかな?

先陣を切るのは東北の老舗急行「八甲田」です。特急全盛期にあって、急行陣の対北海道という図式は無くなり、東北の各都市への輸送がメインになっている時代です。「八甲田」はそんなイメージがピッタリと合います。

続いては同じ青森行きでも奥羽本線経由の「津軽」。座席は12系になっていたと記憶していますが、寝台は10系を使っていました。山形新幹線が開業していないので、山形、秋田方面への列車は奥羽本線を堂々と走っていました。

 

 

20時台になると、さすがに下りの昼行特急は営業を終えまして、普通列車もまばらになります。上りの昼行特急はまだ到着が相次いでいますが、仙台や新潟まで4時間、青森まで9時間ですから、上野到着が遅くなるのは無理もありません。そう考えると、新幹線ってホントに速いんだなというのが解ります。

 

 

さぁ、21時台です。

レコード大賞が終わると、紅白歌合戦にそのまま傾れ込むんですが、出場歌手はパトカー先導で赤信号も無視放題。渋谷のNHKホールへと移動します。今ではまず不可能ですが、確か対象になるのは大賞受賞者、最優秀歌唱賞受賞者など、番組後半まで出演しなければいけない歌手に限ったと記憶しています。新人賞関連は受賞時間が早いので、気にする必要は無いです。

上信越経由の夜行列車も続々と出発して行きますが、特筆は21時55分に上野に到着する高崎線の普通列車。もはや風前の灯火になっている客車普通列車です。12月ですからEF58のSG・・・いや、宇都宮や高崎二、そして長岡といった “北のゴハチ" はEGでしたね。SGのエギゾーストで冬を感じる人は多いと聞きますが、それも今ではおとぎ話でしかありません。

 

 

上野駅と言えば、これを思い出す方も多いのではないでしょうか?

今やLED、LCDに席巻されている列車の発車案内表示。その前は幕式だったり、いわゆる「パタパタ」が主導権を握っていましたが、上野駅はこのような板に書かれた列車名と行き先を改札口の上に吊して乗客に知らせていました。一つの列車が出発すると、駅員はそれを取り外して横にスライドさせて(確か、右から左へスライド)、新たな列車の案内を右端に掲げる・・。こういうのを日常的に行っていました。でも、これまでご紹介したように、上野駅の発車は踵を接していますので、その作業は殆ど分単位。いつしかこの光景は消えましたが、いつ止めたんだろう?

 

次回は最終回です。

年の瀬のカウントダウンが始まったのと同じく、こちらもカウントダウンになります。