今週の土日は春を通り越して初夏の暑さでした。
土曜日は林道に入り、来年用の薪を調達してきました。
軽トラックに積んだのはヒノキを玉切りしたもの。玉切りとは木材を薪の長さに切った状態を言いまして、この後これを割って薪にして最低今年の冬まで乾かしますけど、もう一年乾かすと良質な薪になります。
桜も満開に近くなりました。
もう半世紀も昔のころ、美里山倶楽部の原点のセットにご登場。
※ただし、C11と20系客車は当時の車両は手元にないので現行の車両であることをお断りしておきます。
POWER-PACKと書かれた電源装置。
ダイヤルには100Ωのレオスタットという可変抵抗器が取り付けられていて、これで電動車のスピードを制御していました。
現在のコアレスモータのC11はこれではとても制御出来ないのでこの画像では、電気を通していません。
そして線路はKATOの組線路。初期はアトラスのOEMでしたが、このR315の曲線はKATO製です。
そして1970年代の代表車両はC11と20系ブルートレイン。
当時小学生だったころは、蒸気機関車はC11が新発売されたばかり。そして20系ブルートレインは憧れの寝台列車。
先に書いたPOWER-PACK、R315の曲線とS124の直線を12本。
それにC11と20系緩急車のナハフ20を買いそろえて毎日小判型のエンドレスを走らせていました。
線路とパワーパックはネジ止めのフィーダーで結ばれていました。
線路へは、小学生がハンダ付けでジョイントに取り付けていました。
単純なエンドレスを走る2両のNゲージ車両。
でも本当に毎日飽きずに走らせていて、ホームや山、川は畳の上で想像していました。
この頃って単純だったけど想像力豊かな時を過ごしていました。
今現在は、比べものにならないくらい線路システムも車両もストラクチャーも豊かなのですから存分に楽しめるワールドになっています。
しかし時として鉄道模型と距離を置きたくなる時間も欲している自分がいたりします。
そんな間合いも必要なんでしょうね。
でも根本的に鉄道模型が好きなのですから、少し離れたときは充電期間として見てもいいんでしょう。
振り返れば必ず模型をやりたくなる自分がいまして、そのきっかけはあのC11+ナハフ20を走らせたころを思い出しているんです。
そろそろレイアウト活動も中途半端でいる部分を埋めて行くアイディアが貯まってきていますのでGWころからレイアウト製作の再開が出来ると思います。
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