Railway Frontline

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肥薩線復旧に230億円。JRは自力復旧断念も、財源捻出に秘策あり?【鉄道最新情報】

令和2年熊本豪雨で被災し運休中の肥薩線について、JR九州が復旧費用を約230億円と試算したと報じられています。JRと県、国の担当者が話し合う検討会も立ち上がり、今後の動きが注目されます。

(読了目安:約5分)

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画像はhttps://www.jrkyushu.co.jp/より引用、一部改変

皆様こんにちは。「Railway Frontline」運営者のNagatownです。

今回の【鉄道最新情報】は、2年前から不通が続くJR九州肥薩線を巡る直近の動向についてお伝えします。

肥薩線被災の概要

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肥薩線は、熊本県八代駅から鹿児島県の隼人駅を結ぶ全長124.2㎞の路線です。全線開通は1909年で、当時は九州を縦貫する唯一の鉄道ルートを構成していました。その後、海岸沿いを走る鹿児島本線(現:肥薩おれんじ鉄道)に九州縦貫鉄道の役割は引き継がれ、肥薩線は主に地域輸送を担う路線となりました*1

2020年7月に発生した「令和二年七月豪雨」では、線状降水帯が引き起こした豪雨によって一級河川球磨川が氾濫。八代~人吉間で球磨川と並走する肥薩線にも甚大な被害が及びました。球磨川を渡る2本の橋梁は完全に流出し、線路への土砂流入等も合わせて約450か所で被害が確認されました。また、復旧に当たっては橋梁のかさ上げなど、球磨川の治水計画との連携が必要だったため、復旧費の試算に時間を要していました。

熊本県を始めとした地元自治体は全線鉄道での復旧を一貫して求めていますが、JRは巨額となる復旧費用や肥薩線自体の採算性の低さなどから他の交通への転換も示唆しています*2。事実、被災前の肥薩線は同社の路線の中で最も輸送密度が低い(八代~人吉:414、人吉~吉松:106)ことで知られていました*3

※輸送密度について詳しくはこちら

railway-frontline.hatenablog.com

そんな中、今月17日にはJR九州が復旧費用を約230億円と試算したことが一部で報道され、同22日にJRと県、国を交えた「第1回JR肥薩線検討会議」が開催されることも発表されました*4

 

JRと沿線自治体、それぞれの主張は?

JR九州の青柳社長は、肥薩線は現在では人流・物流の両面で社会からの期待が低くなっており、鉄道で復旧するとしても5~10年の工期が掛かること、その間にも車の自動運転が進むことなどから、「次の時代の地域交通網のあり方を考える必要がある」と述べています。「あり方の検討」というのは、ありていに言えば他の交通機関への転換(=鉄道廃止)を視野に入れるということです。また、地元の観光業界から寄せられている観光列車(「SL人吉」や「いさぶろう・しんぺい」など)の復活への期待については、「観光列車のために線路を造るのは高すぎる投資」と一蹴しています。2016年に株式上場を果たしたJR九州では、収益確保に対する株主の目が厳しくなっており、かねてより赤字路線の見直しについて言及してきたという経緯があります。また、コロナ禍で元々黒字であった事業においても経営が苦しくなっている中で、輸送需要が小さく、慢性的な赤字となっている肥薩線の復旧に後ろ向きになるのも無理はありません。

一方で、沿線自治体を代表する立場である熊本県の蒲島知事は、「鉄道での復旧をわれわれも流域市町村も望んでいる」「豪雨で大きな被害を受けた後、JR九州に対して機会があるたびに鉄道路線として復旧して欲しいと伝えてきた」として、一貫して全線鉄道での復旧を望む立場を鮮明にしています。熊本県としては、観光や通勤、通学で利用される肥薩線を人吉・球磨地域が存続していくための重要な基盤と位置付けているようです。また、蒲島知事は「JR九州の負担の最小化を図れれば、(熊本地震で被災した)豊肥線と同様に復旧できるのではないか」と強調しています。ただし、熊本地震時の復旧費は総額約90億円で、肥薩線の復旧にかかる約230億円という額とは文字通り桁違いです。

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まとめると、JRと熊本県の間では肥薩線の鉄道復旧に関して真っ向から意見が対立しているものの、熊本県側にはJR九州が要望している復旧・維持費用の支援を行う意向があります。この点において、両者が納得できるような妥協点に達することができれば、鉄道での復旧に道が開けるかもしれません。

 

新たに立ち上がる「肥薩線検討会」とは何か?

3月17日に国交省が発表した資料によると、「肥薩線について、河川や道路などの公共事業との連携の可能性も含めた復旧方法及び復旧後の肥薩線の在り方などについて検討するため」、第1回JR肥薩線検討会議を熊本県庁にて3月22日に開催するということです。会議には熊本県副知事と国交省の大臣官房技術審議官、九州地方整備局長、九州運輸局長に加え、JR九州の総合企画本部長も出席します。

JR・県・国の三者が揃う場となるこの協議会において、今後の具体的な復旧方法や支援策などについての議論が行われるとみられます。鉄道での復旧を行うか否かについての最終的な意思決定もこの協議会において行われることになるでしょう。

筆者はこれまで、この種の協議会や検討会の成り行きを複数見守ってきましたが、パターンとしてはまず関係各所からの意見聴取、論点の整理などを行ったうえで本格的な議論に入っていくまで数か月かかるのではないかと見ています。

 

復旧費用の財源捻出に向けた秘策とは?

肥薩線検討会議において今後最大の論点になると考えられるのが、230億円に上る復旧費用の負担方法です。JR九州の青柳社長は、被害の甚大な区間では一から線路を造るような大工事になることから、同社単独負担での復旧と運行維持を断念しています*5

費用負担に関しては、前述したとおり熊本県が国の制度などを活用した支援に前向きな姿勢を示しています。しかしながら、今回はあまりにも巨額となるため、過去の災害復旧でも用いられてきた改正鉄軌道整備法(復旧費の2分の1を国と地元自治体が負担)を利用してもJRの負担は100億円を超えてしまいます。これではJR側は納得しないでしょう。

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そこで国交省と県が検討しているのが、「肥薩線を河川や道路と一体で復旧し、鉄道復旧費用の一部を公共事業で賄うことでJR九州の費用負担を圧縮する」という方法です。豪雨災害を受け、被災地域では様々な災害復旧事業が行われており、そこには潤沢な財源(≒税金)が投入されています。肥薩線の復旧をそれらの事業と一体化して行えば、線路や鉄橋の工事の一部を災害復旧の公共事業として担い、それに掛かる費用にも災害復旧の財源を用いることができるというわけです。具体的には、球磨川沿いを並行する国道と線路の一体的な路盤整備(道路の路盤を整備するついでに鉄道用の路盤も整備してもらう)などを視野に入れているといいます*6。多少荒業な印象も否めませんが、道路や河川の財源の一部を鉄道に融通すること自体は、ことの善し悪しは別として、前例がないわけではありません。実際、国交省が公表した肥薩線検討会議の資料で言及されている「河川や道路などの公共事業との連携の可能性」というのも、このことを指していると考えられます。

この方法と改正鉄軌道整備法を併用すれば、JR九州の実質的な負担額は100億円を下回ります。また、復旧後に見込まれる赤字(2019年度の営業赤字は約9億円)について、熊本県は新たな補助制度の創設も検討しているといいます。こうした歩み寄りに対して、JR九州がどのような反応を示すのか注目されます。

採算性・効率性の面からは存続に疑問符が付くものの、地域の観光振興など、社会的便益の面で地元から大きな期待がかかるJR肥薩線。新たな財政支援の枠組みによって豪雨被害から立ち直ることはできるのでしょうか。

 

最後までご覧いただきありがとうございました。

またお会いしましょう。

 

2022年3月20日

Nagatown

*1:肥薩線利用促進・魅力発信協議会 「肥薩線とは」http://hisatsusen.com/smp/hisatsuline/

*2:内田 (2022)「肥薩線『鉄道での復旧望む』 蒲島知事、JRの負担軽減を検討」  https://kumanichi.com/articles/516611

*3:JR九州 (2021) 「線区別ご利用状況(2020年度)」https://www.jrkyushu.co.jp/company/info/data/senkubetsu.html

*4:国土交通省 (2022) 「『第1回JR肥薩線検討会議』の開催について」https://www.mlit.go.jp/report/press/content/001470371.pdf

*5:毎日新聞 (2020) 「九州豪雨 肥薩線、JR自力復旧断念」https://mainichi.jp/articles/20200924/ddp/001/040/002000c

*6:内田、福山 (2022) 「肥薩線の復旧費230億円 JR九州試算 熊本地震被害を大きく上回る」 https://kumanichi.com/articles/590247