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今日は丁度30年前、1992年3月に撮影した写真をUpしたいと思います。東北ワイド周遊券を使い長めの撮影行の1日です。
朝は盛岡に居たんですが、気が変わったのか?始発で秋田へ向かっています。写真は秋田駅に到着した時のもの、男鹿線の客レを牽引してきた(であろう)DD51 788[秋]がEF81と重連を組んで秋田支所(旧秋田機関区)へと引き上げる所です。今の泉外旭川駅付近に機関区がありました。 単211レ
この日の乗車記録
盛岡-田沢湖 キハ58 1513 823D
田沢湖-大曲 キハ58 462 825D
大曲-秋田 モハネ582-92 1401M 急行 津軽
でした。懐かしい車番ばかり..まだまだ国鉄形が元気でした。この後普通列車で追分へ向かっています。キハ28 2379 2621D でした。
撮影行ではそれまで撮影して来なかった線区に多く足を踏み入れています。磐西、磐東、仙山線を初訪し、最後が男鹿線を ということで先ず追分でした。乗ってきた列車と交換でDD51 744[秋]牽引の50系客レが入って来ます。何度も通うことになる男鹿線客レの初撮影でした。奥の方にはキハ58系国鉄色が近づいて来ているのも見えます。
追分駅 1126レ
駅から歩いて初めて沿線に立ちます。男鹿線の普通列車、キハ40×2も国鉄色でした。ヘッドマーク挿しが付いている以外はオリジナルの姿、いい感じです。複線を逆走しているように見えますが、手前が奥羽本線(架線あり)、奥が男鹿線、、単線2本です。
男鹿線 出戸浜-追分 128D
手前の奥羽本線をやって来たのはキハ58系の2連、パノラマウィンドウの国鉄色でした。地域色への塗り替えも進んでいましたが、まだまだ国鉄色も活躍していました。私的には..このままで良かったんだけどな~(笑)。先頭はキハ58 1521 でした。
奥羽本線 大清水(信)-追分 2626D
キハ40国鉄色の単行です。車番は擦れて判読できませんが、”61-10郡山工”の検査表記が見られます。土崎工が近いですが郡山全検だったんだ..
奥羽本線 追分-大清水(信) 2627D
ナナゴーの客レも残っていました。ED75 767[秋]牽引、今なお現役機ですね。
奥羽本線 大清水(信)-追分 1626レ
こんな列車も..ピカピカの盛岡色ですから出場後試運転と思われますが、読み取れる検査表記は”63-12 郡山工”なんですよね?土崎工じゃないし昭和時代じゃん..?? それに折返し運転があった筈ですが、運転台が無いのにどうやって運転したんだろう?謎の多い試運転列車、キハ58 486でした。
奥羽本線 追分-大清水(信) 試8635D
キハ58(28?)とキハ48の普通列車、国鉄民営化から約5年経って、まだこんなに国鉄色が走っていたんですね~。キハ48 522と読み取れます。
男鹿線 追分-出戸浜 131D
午後からは男鹿線乗車で初めて男鹿駅の1つ手前、羽立に降り立ちます。何度も狙うことになった脇本-男鹿間のタンク貨物列車を狙います。寒風山の麓、DD51にタンク車が連なってやって来ます。
DD51 783[秋]牽引、タキ3000で組成された貨物列車って唯一の撮影だったと思います。実際列車を見て いいな~ と思いました。平日運転なので簡単じゃなかったですが、その後随分撮影に行くことになった列車です。KE70開放栓とSGホースが付いた783号機、JR東日本所属機が貨物列車を担当していました。
男鹿線 脇本-羽立 5187レ(2枚とも)
国鉄色キハにデーデーを中心に撮影した初男鹿線+奥羽本線撮影も終了、秋田に戻ると50系8連の男鹿線客レが発車を待っていました。DD51 744[秋]、SG(蒸気暖房)の白煙を上げてスタンバイしていました。 秋田駅 1147レ
撮影後、左端にちょこっと写る特急たざわに乗車し盛岡方面へ、帰途についています。(ワイド周遊券はエリア内特急自由席乗車OKでした。)
天気はスッキリしませんでしたが、国鉄形、国鉄色三昧を楽しめた記憶に残る1日でした。
あれから丁度30年 です。
最後までご覧いただきありがとうございました。