芥川賞作家による「古本屋写真集」 | 書斎の汽車・電車

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鉄道書、鉄道模型の話題等、つれづれに記していきます。

 はじめにお断りしておきますが、今回ご紹介する本は鉄道書ではありません。当ブログにとっての重要なテーマである神田神保町をはじめとする東京の古書街の、昭和50年代前半の姿を記録した写真集です。

 岡崎武志 古本屋ツアー・イン・ジャパン編『野呂邦暢 古本屋写真集』(ちくま文庫)が今回の1冊となります。

 

 野呂は、昭和12(1937)年生まれ、昭和55(1980)年に急逝した芥川賞作家です。長崎県諫早市在住で、上京するたびに神保町、早稲田、本郷などの古本屋を巡っていたといいます。そして、ただ古本屋を冷やかすだけでなく、店頭風景などを写真に残しています。それが今回の写真集に結実したというわけです。

 とはいえ、野呂はプロのカメラマンではありません。どこか遠慮がちに、「隠し撮り」に近い形で撮影をしています。元々手元において個人で楽しむための写真だったと思われます。泉下の野呂も、まさか文庫本として書店で売られるとは思ってもみなかったのではないでしょうか。

 

 その、けして上手いとはいえない(失礼!)写真ですが、実に味わい深いのです。また、昭和50年代前半の古書街の情景が、私にとっては懐かしいのです。神田神保町は、一見すると余り変わっていないようにも見えますが、やはり現在の姿とは異なるところも多いです。これが、早稲田、渋谷、中央線沿線となると、本当に大きく変わっています。今では姿を消したお店も沢山あることが改めてわかります。(早稲田古書街と言えば、私などは「テレビは文明の敵だ!」と店頭に大書した「アカデミー書房」を思い出しますが、残念なことに本書には登場しません)また、少し前に当ブログでご紹介した梅桜堂さんのキットなどを仕上げる際にも参考になるでしょう。

 

 野呂の古本屋写真が陽の目をみるきっかけは、本書の編者の一人である岡崎武志氏が、野呂のご遺族からアルバムを託されたことによるようです。元々は2015年に限定500部が刊行されたところ即完売だったそうですが、昨年、野呂の、古本屋の若い店主を主人公にした連作小説集『愛についてのデッサン』(ちくま文庫)が評判を呼んだことから、古本屋写真集も急遽文庫化された模様です。編者による解説や、野呂の古本にまつわるエッセイ、編者対談なども収録され、楽しめる一冊となっています。そして、最初に「鉄道書ではない」と書きましたが、国鉄御茶ノ水駅のホーム風景や駅舎、それに総武線の車窓写真なども収録されていることを申し添えておきます。