久しぶりに更新しようと思ったら、オリンピックが始まってしまいまして、なかなか下書きを増やせない現状です。
で、半年以上いろいろなネタを寝かしているのですが、最近当ブログの鉄分が不足気味なので、ちょっと鉄ネタです。
先日、定期購読を購入しようと、いつもの書店にいきましたが、なかなか面白い物を見つけました。
JTBパブリッシングから発売されている、昭和42年10月の復刻版時刻表と・・・。
通称「よん・さん・とう」と呼ばれる、昭和43年10月の復刻版時刻表、どちらも税込み1980円です。
まぁ、私が生まれる1~2年前の時刻表です。
興味の無い方には、「そんな古い時刻表をどうするんだ?」、と思われそうですが、当時の国鉄を知る資料にはなります。
早速パラパラとめくりましたが、つい夢中になって見てました。
巻頭の路線地図を見てるだけでも、すでに廃止になった路線は勿論載っていますし、東海道新幹線は、新大阪止まりです。
関東では、相模線の寒川支線が現役だし、南武線に東京競馬場前駅があったり、根岸線が磯子までだったり、勿論総武快速線もありません。
また、私鉄では、筑波鉄道が現役だし、鹿島臨海鉄道は存在していないし・・・。
只見線は、大白川~只見間はまだ繋がっておらず、福島県側は、会津線と呼ばれています。
北海道に目を向けると、根北線が現役だし、炭鉱鉄道もしっかり載ってます。
そして何より、札沼線が、札沼線なんですよ~ッ!。何のこっちゃって?、まぁ、若い人には、札沼線というと桑園~新十津川(現廃止)というイメージでしょうが、札沼の「沼」は、留萌本線の石狩沼田駅です。
この時刻表では、新十津川~石狩沼田が現役なのです。
それから、士幌線の糠平~十勝三股もバス代行されていませんし、旅客車を連結していた山線の荷41~44レも載ってます。
地元でもある、千葉を見てみると、私が慣れ親しんだ内房線は、当時「房総西線」と呼ばれていました。
また、袖ヶ浦駅は、「楢葉駅」となっています。
昭和42年10月改正当時、電化されていたのは、現在の総武緩行線だけで、房総各線はまさに気動車王国で、一部客車列車も残っています。
勿論、特急の存在は無く、急行が新宿、または両国始発で運転されています。
それが、よん・さん・とうになると、電化区間が、房総東線(現外房線)が、千葉~蘇我、房総西線(現内房線)が、蘇我~木更津、総武本線が千葉~佐倉、成田線が佐倉~成田と延伸され、千葉~木更津、千葉~佐倉・成田で、電車の運転が始まりますが、まだまだ気動車王国は健在ですし、客レも残っています。
当時は、幕張電車区がありませんでしたから、入出区を兼ねて津田沼始発・終着の電車が何本かあります。これが後に幕張電車区が出来ると、幕張始発・終着というのがありました。
変わったとこだと、中野発木更津行きで、房総西線内快速(停車駅は、千葉・五井・木更津)や、荻窪発木更津行きなんてのもあります。
あっ、そうそう、当時の国鉄運賃ですが、1~5Kmで、20円、ちなみに現行の電車特定区間の運賃は1~3Kmが140円、4~6Kmが160円です。
とにかく、面白いので、一読する価値はありますね。
私も、オリンピックが終わったら、ゆっくりページをめくりたいと思います。