開館初日から動画編集を検討していましたが、このたび諦めましたのでバラバラに公開します。

4月19日に海老名駅横に開業。同日15時半に入館しました。当時はコロナ対策のため時間を15分だか30分ごとに区切って入場させていました。一度入れば時間制限はないので意味があるかは疑問ですが…最近開催された小田急トラベル主催のツアー案内によるといつの間にか当日の再入場可能となったようです。


駅の中から雰囲気づくり

カフェのメニュー一覧。これに限り、入館者以外も利用できます。注目は展示車両が描かれたココアでしょう。価格は良心的だと思います。

入口には地元や沿線、取引先(おそらく)、ミュージアム建設や保存車運搬に携わった企業から花が届いていました。
タカラトミーのプラレール担当部署はGSEのプラレール付きです。これはもしかするとミュージアム側の遊び心という線もありうるけど。
目的は10000形HiSEと20000形RSEです。どちらもハイデッカーによる眺望の良さが売りでしたが、バリアフリー化が困難であることから更新を断念し、引退を早めたといわれています。確かにそれまでのロマンスカーが35年は活躍したのに対し、これらの車両は21〜24.5年程度、小田急線や直通してくる千代田線を含めた多くの先輩車両を差し置いての引退でした。
RSEの運転席。乗務員向けの指示や連絡を書いたシールが貼られたまま。中には剥がれかけていたり、紙類は変色したものもあります。見映えを考えれば綺麗に剥がすのが好ましいでしょうが、現役時代を想像しやすいので是非ともこのまま維持してほしいところです。
保存車はHiSEとこちらのRSE(先頭車に限る)に着席できます。ダブルデッカーはカフェカウンターだけ立入可、個室部分は出入口ドアから遠目に覗くこととなります。それ以外の車両は3000形SE.3100形NSEはドア付近だけの開放。7000形LSEは完全立入不可となっています。車内の掲示物は引退時から変わっていないようです。
外側から見たRSE。1990年12月から91年1月にかけて7両2本製造され、3月運転開始。あさぎりを中心に、はこね、2002年からホームウェイ(唐木田行き、2010年あたりから藤沢行きも担当)に使用され、2012年3月に引退しました。あさぎりでの相棒であるJR東海371系が検査の場合には代行もしました。(ちなみに371系のもう一つの仕事であったホームウェイライナーはJR東海車による代行)RSEのうち、保存されなかった1本は富士急に譲渡され、2014年から使用されています(のちに371系も富士急へ)
こちらはRSEの斜め前に置かれたHiSE
1987年11月に製造され、12月には運転開始。89年6月まで11両4本が製造され、2005年8月には同年3月にデビューした50000形VSEに置き換えられ2本が長野電鉄に譲渡されたあとも2012年3月まで他社直通を除くすべての特急系統を担当しました。一つ残念なのは、保存形態が各車両バラバラなことです。はSE.NSEが両先頭車と中間車の計3両、HiSE.LSEは先頭1両、RSEは先頭とダブルデッカー各1両、開業時の車両であるモハ1形(1両単独車)です。なぜ編成単位で残した車両とそれ以外で差がついたのか、特にNSEは両側で差異が生じない先頭車を2両残しました。カフェカウンターは2階建構造のRSEは別として、SEとNSEだけ残されました。何を基準にこの判断をしたのか腑に落ちないのが見学した正直な感想です。

HiSEとRSEの間には車両をもう一つ追加できそうなスペースがあります。↓ の動画にも映しましたが、レールは既存の展示車両から延長される形で敷かれています。

続く