撮影日:2021年8月

 朝にEF81-303に遭遇できなかったので、原田線に行って時間をつぶし、基山へと向かいました。JRと甘木鉄道とは改札をいったん出ないといけませんでした。入場券を買ってまで甘木鉄道のホームにいきたくはなかったのですが、甘木鉄道の基山駅は無人駅で出入り自由でした。
 九州貨物の電気機関車も世代交代が発表されています。九州貨物の国鉄型の電気機関車も近いうちに見納めになりそうです。
 
●基山駅にてED76。甘木鉄道のホームから。九州、東北といえば、赤色の交流電気機関車ですね。予定通り来てくれたのはいいですが、残念ながら単機でした。

 

●次は、長崎本線の伊賀屋へやって来ました。ここで、EF81の鍋島貨物を待ちます。その後は、隣駅の佐賀に行ってバスで旧佐賀線の昇開橋を見に行こうという算段です。

 

●と思ったら、貨物列車は一向に来ず。1時間くらい待っても来る列車は特急や普通列車ばかり。どうやら運休の模様。この日は気温も高く、暑くてどうしようもなくなり、昇開橋はあきらめ、駅名標を撮って鳥栖に戻ることにしました。

 
●鳥栖に戻り、1本後の鍋島貨物を待っていたところ、こちらはきちんと来てくれました。ED76ですが。しかし、前方は空荷で少し間が抜けています。
 
 
●鳥栖といえば、駅弁もホームの売店で売っています。冷蔵ケースに入っておらず、店先に積んであるという昔ながらのスタイルです。ちなみに、うどんも結構おいしかったです。手書きの品書きといい昔ながらの売店とED76の組み合わせは少しタイムスリップしたような感覚を覚えます。
 
以下は昔の写真です。(撮影日:2008年2月)
 
●鳥栖といって思い出すのはこれです。廃止1か月前の寝台特急「なは」と折角プラチナチケットを取ったのに、乗り遅れて「なは」と並走する人。車掌にもあきらめろと言われているような感じです。列車は止まることなく遠ざかって行ったと記憶しています。
 晩年の「なは」は「あかつき」と併結運転されており、分割のために鳥栖でしばらく停車していました。停車時間が長いと逆に気が緩んで乗り遅れる可能性が高そうな気がします。
 
 
他にも当時のいろいろな写真が出てきたので紹介を。
 
●「あかつき」のテールマーク。
 
●通称「なはつき」のヘッドマークもしっかりと付けられていました。
 
 
●あかつきで特筆すべきは、この異彩を放っている車両。夜行バスに対抗して造られた、横3列席のレガートシートの車両です。いつもこればっかりに乗車していました。諫早駅にて。
 
 
●暗くなったホームで出発を待つ寝台特急「あかつき」。長崎駅にて。ホームには「あかつき」との別れの旗がいくつも掲げられていました。もうあれから10年以上の月日が経っているのか…。長崎駅も高架化され、このホームももうありませんね。
 
 
●こちらは、鳥栖駅を出発して行く、寝台特急「はやぶさ」。
 
●この頃にはすでに周りの車両も国鉄型ではありませんね。「はやぶさ」だけが時代に取り残されたような感じです。この翌年に「富士」とともに廃止となり、かつて栄華を誇ったを九州ブルートレインも終焉を迎えました。