1980年の夏と秋、九州をそれぞれ2週間以上旅した。夏の長旅は暑さでしんどいと痛感した旅でもあった。前にも書いたようにこの夏の旅ではカメラの故障により旅を中断さぜる得なかったので、撮り残しが多かった肥薩線を中心に秋に再訪した。僕にとって九州といえば肥薩線というくらいで、拙著『Excellent Railways -遙かなる鉄路-』には何枚も写真を掲載した。

 

鹿児島本線八代(熊本県)と日豊本線隼人(鹿児島県)を結ぶ同線は肥後の「肥」と薩摩の「薩」をとって名付けられた。八代から海沿いに川内経由で鹿児島に向かう線路が敷かれるまではこの路線が鹿児島本線だった。現在はローカル閑散線区だが、そういう経緯もあるので路盤は立派で、木造駅舎や昔の運転設備が今なお残っている。

沿線は大きく三つに分かれる。八代から人吉までは球磨川に沿って走る川線、人吉から吉松までは九州山地を急勾配で越える山線、吉松から隼人は霧島の西麓を走る里線!? 僕がこだわって訪れたのは山線、特に人吉の一つ先の大畑(おこば)駅の周辺だ。

↓ホームにいまなお残る湧水盆には、以前は屋根がかけられていた。

大畑はスイッチバックとループの駅。スイッチバックとは急勾配区間の途中に平坦な区間を設け、そこで列車を小休止させ一息ついた後にバックして再び加速前進して急勾配に挑むという線路配置。ここのスイッチバックは短絡して通過することができず、全ての列車がスイッチバックを経由しなければならない線路配置になっている。ループは高度をかせぐために線路がぐるっと回るレイアウトだ。そしてその両方があるのは日本でもここだけだ。山線の区間は日本3大車窓の一つに選ばれてもいる。

↓スイッチバックの様子。[左上]矢岳方向からループ線の勾配を下ってきた列車は一旦左側の引き上げ線に入る。[左下]バックして右側にある大畑駅に進入する。[右]大畑駅を発車して人吉方向に勾配を下りていく。

そこを走る混合列車(客車と貨車が連結された列車)やキハ82系特急、DD51の牽く貨物列車といった魅力的な列車が10月のダイヤ改正で廃止されるというので訪れたというわけだ。
↓大畑駅に停車中の混合列車

大畑のループを爆煙を吐きながら登るD51の写真を見たこともあり、同じ所で写真を撮りたいと場所を探し回った。あたり一帯は国有林野。人工林の成長は早く、蒸機廃止から10年もたっていないというのにループの見晴らしがきかなくなっていた。それでもダイヤ改正目前の9月末日、現地には好き者6人が集った。大学生や社会人のファンで、みんな同世代。お互い初対面だったが、中にこの辺の地理にめっぽう詳しい人がいて、あっという間に意気投合した我々は彼の後についてワイワイガヤガヤ藪漕ぎしながら終日撮影した。

↓秋の日差しを浴びて矢岳から大畑への坂を下る貨物列車。「Excellent Railways」77-78ページの写真と同一場所にて撮影。

それから数十年大畑を訪れることもなかったが、JR九州が観光列車を嘉例川駅に停めて地元の人たちと乗客の交流を企てるとか、ななつ星のルートに肥薩線を組み込むとかいったニュースに接すると自然とニヤついたものだ。数年前出張で鹿児島空港への道すがら大畑駅に立ち寄ったところ、昔の保線小屋を活用してフレンチの店ができていた。肥薩線を地域活性化のツールとして活用していこうという地元の心意気に大いに期待していたところ昨年の豪雨で状況が一変、以来八代・吉松間が不通のまま時が過ぎている。