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01W09T

お久しぶりのブログ更新の経緯はこの後の記事でお話するとして、本日は2001年平日改正・09Tです。

西馬込5:18の出庫で泉岳寺まで1往復。折り返しは急行高砂行です。西馬込からの急行高砂行はこの列車と917T(西馬込9:45→高砂10:30)の2本のみとかなり少数派。

ちなみにこの列車は京成押上線内の優等一番列車なワケですが、恐らくその理由は509Tが押上を発車した3分後に金町行の各駅停車(681レ)が存在したからでしょう。

折り返し前は早朝に1本だけ存在していた金町始発の押上行(580レ・金町5:57発)で、先日07Tの際にちょこっと触れた津田沼始発押上行の各駅停車と並んで2本だけの貴重な金町線系統の列車でした。

そしてこの列車が高砂に到着すると、列番が509Tから609T、種別が急行から普通、行先が高砂から印旛日本医大に変わります。

現在、西馬込から高砂まで普通、高砂から急行に変わり印旛日本医大を目指す列車(1963T)はありますが、逆パターンの列車は有りません。
まぁ始発駅から急行印旛日本医大にしてしまうと、北総線内でも通過駅があるかのような感じになってしまうので…という対処でしょう。

そしてなんと、この509Tの1本前、513T(高砂6:06)から735T(高砂8:11)までの約2時間、都営車しか来ないダイヤになっていました。
つまり折り返しも…と言いたいところですが、折り返しは出庫電が間に割り込んでくる絡みで704T(印牧7:52)から934T(印牧9:00)までの約1時間が都営車のみということに。


印旛日本医大に到着後の折り返し708Tは印旛時点で4分前に特急西馬込行(772N)が存在しましたが、泉岳寺の時点で差は13分にまで開き、間には4本もの列車が割り込んできていました。


泉岳寺を8:49に出ると平和島で先行の普通列車を追い抜きます。京急蒲田に9:01に到着すると3分の停車。その間に後続の快特三崎口行(808A)を待避します。
終点羽田空港には9:13の到着。折り返しは急行品川行です。


なんと折り返しの急行品川行も京急蒲田で快特を待避します。快特青砥行(851SH)で、押上線内は急行になる電車です。


そして909Tは鮫洲で普通列車を追い抜くわけですが、その相手はなんと…なんと…普通泉岳寺行(849レ)。
現在は土休日の深夜に1本のみ運転されている泉岳寺行ですが、当時は平日の朝・夜にもそれぞれ存在したようです。


ちなみに849レは終点泉岳寺でこの記事冒頭に出てきた917T(急行高砂行)に接続していました。


急行品川行、品川到着後は折り返し回送に。KS.Web様の記事によれば2002年以降であれば品川着の回送が新町に入庫、そして現在の1707Tと同じ様子で出庫…だったんですが、2001年の改正についてはちょっと分からず…これは運行図表を取り寄せるしか無さそうです。
久里浜を15:53に出庫し三崎口へ。夕方の下り特急一番列車…といっても当時は空港線データイムは特急と急行が2:1だったので、別に珍しくもなんともなかったんですがね笑


三崎口ではゆっくり15分の停車。特急押上行として折り返します。
堀ノ内・文庫・上大岡・南太田・新町・鶴見・川崎・平和島・鮫洲となんと9本もの普通列車を追い抜きます。
押上での接続列車は無く、泉岳寺からずっと2分続行で走ってくる西馬込からの特急東成田行(1787K)・押上線内の各駅はそのさらに2分後、羽田空港からの印旛日本医大行(1777N)を待つ必要があります。


押上に到着後、再び遠く三崎口まで足を延ばします。現在の1718Tとは泉岳寺時点では全く同時刻。
しかし三崎口到着時点では7分の差になっています。


平和島・川崎(始発普電)・生麦・新町・南太田・上大岡・堀ノ内で普電に接続・京急久里浜では横須賀中央時点で2分差にまで迫ってきていた久里浜止まりの快特(1810A)を待ちます。
現在でもH特が終着A快を待つ夕方下りの光景は変わっていませんね。
現在久里浜線の夕方を下っていく1718Tもそのうちの1本です。


3時間ぶりに三崎口に到着すると、またしても14分とゆっくりの停車。現在の1718T→1919Tが3分での折り返しですから、相当ダイヤがキツいことがよく分かります。
20時丁度、今度は快特として三崎口を発車します。行先は印旛日本医大行。20時前後に久里浜線から北総線に直通する快特は長いこと走っていますが、その時刻や列番はその都度変わっています。


京急蒲田で2分前を走る特急(2029H)の続行に着き、品川着は特急の1分後。泉岳寺でマゴロからの客を拾い、終点印旛日本医大に22:21に到着します。この辺りで入庫か…と思いきや、最後に表示するのは『普通 品川』
現在この表示パターンは都営車では存在しませんね。


何か面白いことがあるわけでもなく、品川には23:50に到着。1999年改正の休日ダイヤではここから頭のおかしい品川~泉岳寺の1往復がありましたが、このダイヤではそんな頭のおかしいことはしません。
後続の特急京急久里浜行に乗れば、蒲田で空港線・川崎で新町行・新町で文庫行・八景で新逗子行のそれぞれ終車に乗り換えられました。


てな感じで今回は2001年改正・平日09Tを見てきました。実は出庫・入庫どころか始終着の時刻も一切変わらず前年から21Tという列番で存在したこの運用。途中駅で追い抜く列車たちも中々バラエティーに富んでいたみたいですね。

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と、言うことで今回はこの辺で。
いじょう!!!


ーーー余談ーーー
都営車の運用をまとめていく、といいつつそのなかでその時々の路線の傾向だったりいろいろをまとめて行ってるわけなんですよ。
今回だと金町線の押上系統が2往復あった、京急本線の泉岳寺行普通車が平日朝にあった…など。

例えば東横線の特急が中目黒駅を通過してた、みたいな情報は全然出回ってるんですけど、1本だけ存在した特異な列車とかって中々載ってないわけなんですよね。
この間KS.Webで見た『北総線から高砂まで普通、そこから急行に変わる品川行』
こんな列車があったの!?ってなるんですよね笑

時刻表を何回も行ったり来たりしてようやく見つける列車もあるわけで、この間昭和末期の『穴守稲荷発羽田空港行』(もちろん羽田空港は当時の駅(現在の天空橋に相当))みたいな感じでマジでネットにも全然情報が転がってないみたいな。

今は都営車の運用だけですが、今後は時刻表を眺めてて面白いと思った行先の列車なんかも紹介できればいいな、と思います。
今回の『高砂まで急行、高砂から普通印旛日本医大行』なんかはその典型例ですよね。
ーーー余談終わりーーー