今回の台風16号が少しずれて千葉県に上陸していればこんなことになったかも(夜行ないが

 

 

 

 

1981/8/22にはじめて北海道(道東)に行こうとして急行乗り継いで(周遊券なので)上野発の八甲田に乗車します(確か19時半発)

台風15号接近ですが当時は構わず発車しました(予想進路の精度が低く暴風雨が吹くまで動いていた)

 

 

途中福島県内(たしか安積永盛付近)で土砂流入で2時間ほど遅れが発生しますが抑止もぜず運行続けますが、やはり一ノ関に停車して動きません

本来ならば青森到着時間の6時半ですが、ここでいったん朝食(確かおにぎり)が配られます(この時点でもう約6時間遅れています

このあと3時間ほど全く動く気配がありませんが当時は情報端末も無くひたすら待つしかありませんが

 

1981/8/23 一応停車中の釜だけ撮りましたがもう線路はさびています

 

すると乗っていた乗客に昼食(駅弁とお茶)が配られ長期戦覚悟していたら

 

約12時間後に発車見込みだということで車内では安堵が広がりますが

 

実際出発すると徐行運転で北上川近くの築堤を走るため

イメージ 2

中尊寺から撮影。奥の川が北上川。手前の高架線が東北線。奥の築堤が国道4号線バイパス。今は整備され北上川左岸が遊水地で、バイパスが堤防の役目をしているようです。しかし見ての通り中央に川が流れていてこの川が氾濫してこの辺り一面が湖のようになっていましたが、当時は築堤だったと思いますが築堤は冠水していなかったので運転再開したようです(写真ありません:今ならスマホで動画も撮れるのに残念

 

また北上あたりだと仙台からの列車が来ていないので乗車している八甲田が始発列車となったので盛岡までは超満員となりながら、そのあと順調に走り約13時間遅れの19時過ぎに青森についた次代です

 

実際は後の報道では東北線は24時間不通とのことだったが、この後につながります

 

 

青森到着してももちろん強風域で連絡船は欠航

旅行中止して関西のネタ撮りに帰るつもりで上り東北線急行(時間的に十和田)に乗車しますが北上川氾濫も含め各所で抑止がかかり八戸までしか進めません(結局東北線は24時間不通?

 

車内放送では青森方面は運転するとのことで青森まで引き返し駅前でどうするか考えていると

 

きたぐには運転予定でしたが、ネタもう間に合わないので駅前に十和田湖行バス乗り場の広告が出ていたので国鉄バスに乗って十和田湖観光に

 

十和田湖 1981/8/24

 

青森駅に戻ってきて翌日は連絡船も運航予定なのでホテルに宿泊して翌朝函館に渡ってからかもう一度考えることに

 

1981/8/25 青森駅桟橋

しかし台風は北海道方面に行ったので、各地で不通となり道東行きはあきらめて結局変えることにしますが、時間あるので函館山いって夜景見学して、深夜便乗車で青森ダッシュで白鳥自由席確保して京都に帰りました(食堂車があり昼食は食堂車でカレー食べた記憶が

 

結局色々合った5日間?でしたが、思いで深い旅となりました(一部再掲、再編集です)