番外 再び赤いバスが見られていた、平成30年撮影、現廃止、「パシフィックライナー」JR九州バス便 | コウさんのコウ通大百科 PART3

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(平成24年1月〜平成30年3月の記事はPART2の内容です)

 

 大分県別府市で定期的に見られていた見られていた「赤いバス」と言いますと、上の画像にあります亀の井バスが運行されておりました「あそゆふ高原バス」と呼ばれるバスが以前存在しておりまして、実際に上の画像にあります赤い車(大分22か17-64、日野U-RU2FRAB)が存在しておりました。

 

 この「あそゆふ高原バス」は、以前別府~湯布院~阿蘇間を運行していたものでありまして、当初はジェイアール九州バス(当時)が定期観光バスの名目でJR利用者を中心に利用されておりました。

 

 しかし、平成19年に臼杵駅前にありましたジェイアール九州バス大分支店が廃止された事に伴いまして、ジェイアール九州バスが大分地区から撤退した事から「あそゆふ高原バス」は亀の井バスに移管されまして運行されておりましたが、上の画像の車は平成23年に廃車、「あそゆふ高原バス」自体も平成26年に廃止されております。

 

 

 その後、平成30年の改正におきまして、平成27年より別府・大分~宮崎間で運行されておりました「パシフィックライナー」が全6往復中5往復におきまして別府発着に変更された事に伴いまして(大分市内(王子港町)発着便は大分バス運行便のみ)、真っ赤な塗装のJR九州バスが11年ぶりに別府市内に乗り入れるようになりまして運行されておりました。今回は今は見られないこの姿を以前収める事ができておりましたので皆様にご紹介してまいります。

 

 

 これまでもご紹介しておりましたが、別府・大分~宮崎線「パシフィックライナー」と言いますと、東九州自動車道が大分県~宮崎県間が全線開通しました平成27年より運行されていた路線でありまして、大分県内の事業者であります、大分交通・大分バス・亀の井バス、宮崎県内の事業者であります宮崎交通・JR九州バスの計5社によります運行で6往復存在しておりまして、宮崎交通便が2往復以外はすべて1往復での運行となっておりました。

 

 この「パシフィックライナー」は、JR特急「にちりん」と競合で運行されておりましたが、平成29年の「九州北部豪雨」や台風での被害の際にはJR日豊線が寸断されていた事もありまして、乗り換えなしでありますこの「パシフィックライナー」に利用者が集中していたほどでもありまして、この路線が大分県~宮崎県間を結ぶ重要な路線である事も再認識する結果ともなっていたほどでした。

 

 使用されていた車両は、亀の井バス・宮崎交通・JR九州バスが4列シート車によります運行、大分交通・大分バスが3列シート車によります運行となっておりましたが、後に大分バス・亀の井バスでは夜行路線の廃止・撤退に伴いまして独立3列シート車も使用されておりまして、乗り得な姿さえも見られていたようであります。

 

 (亀の井バス、大分200か・248、三菱KL-MS86MP)

 

 (宮崎交通、宮崎200か・386、三菱QRG-MS96VP)

 

 

 しかし、平成30年からの5往復の別府乗り入れ、1往復の王子港町発着と言ったてこ入れ策も報われず、利用者は減少の一途をたどっておりました。そして、昨年からの「新型コロナウイルス」が追い打ちをかけまして、9月には路線が運休、そして今年3月末で廃止となりまして、それによりましてこれからご紹介します姿も見られなくなってしまっております。

 

 

 さて、ここからが平成30年に撮影しました、真っ赤な車体のJR九州バスの車両が定期バスとして別府駅に乗り入れるようになった姿であります。使用されていた車両は、これまで通り上の画像の西日本車体(西工)02MCSD-I架装の日産ディーゼルスペースウイング(748-06566(8656)・PKG-RA274RBN)が使用されておりました。

 

 この車は、導入時から「86-56」の登録ナンバーとなっておりますが、それでも途中2度にわたりまして登録ナンバー変更が行われておりました。実際に、平成18年の導入時から福岡~宮崎線「フェニックス号」・「たいよう号」として運行されておりました頃は宮崎支店所属でもありましたので宮崎230あ86-56でもありました。

 

 けれども、平成24年の「たいよう号」撤退後は博多支店に転属しておりまして、この年運行されるようになりました福岡~広島線「広福ライナー」夜行便の専用車として相方の8657とともに運行されるようになりましたので、登録ナンバーも福岡230あ86-56として再登録されておりました。尚、この際に4列シートに改造されておりまして、そのシート配置が現在に至っておりました。

 

 そして、平成27年の「パシフィックライナー」転用に伴いまして宮崎支店に戻る事になりました際には、登録ナンバーも宮崎230い86-56に変更されておりまして、これで宮崎→福岡→宮崎と、2度目の「86-56」の変化が見られております。それでも、いつまでも「86-56」としていられるのも、現在は希望ナンバーが存在している事が正直大きいのではないかと思ってならない所でもあります。

 

 

 さて、宮崎行き「パシフィックライナー」の発車が迫っておりました。この撮影していた日は平日ではありましたが、それでも家族連れもありましてこの別府駅前からは8名の乗車があっておりまして、予約表をのぞいて見ますと、この後さらに大分市内からは10名ほどの乗車が予定されているようでありました。確かに、JR日豊線寸断時からしますと乗客は少なくなっているようではありますが、それでもこの路線の存在は大きいのではないかと思う所でした。

 

 

 こうして、宮崎行きの「パシフィックライナー」は発車して行きました。先述のように、この真っ赤な塗装での定期バスも11年ぶりでもありますが、JR九州バスの支店・営業所が現在は大分県内には存在しない事を思いますと、この「パシフィックライナー」自体の存在は大きいのではないかとも思う所でもあります。と言いますのも、この路線の運行開始によりまして定期バスとして大分県内におきまして再び見る事ができている訳でもありましたので。

 

 

 けれども、ご紹介しておりますように「パシフィックライナー」は今年残念ながら廃止されております。それによりまして、定期的な赤い車体の姿も再び見られなくなっておりまして、残念ながら過去のものとなってしまっております。それにしても、撮影時までは好調な姿も見られていたと思ってもいただけに、かつJR日豊線が寸断されていた際は重要な路線としての姿も見られていただけに、この廃止となった事は正直残念としか言えない所ではあったように思います。

 

 

 今回は、再び別府の地で見られていた「赤いバス」の姿として、「あそゆふ高原バス」から「パシフィックライナー」とご紹介しましたが、先述のようにJR日豊線寸断時は大分県~宮崎県間乗り換えなしの重要な交通機関として存在していた事で、東九州自動車道路線も再認識しつつあっていたとも思っていただけに、この廃止は大きかったと思ってならない所ではあります。やはり、正直JRにはかなわない所もあったようでしたが、それとともにこの「コロナ禍」でもありますので、その姿が見られなくなってしまった事も仕方がない所でもありますし、もう見られなくなった事は残念ではありますが、過去にはそのような姿があった事を存じていただければと思います。