前回に引き続き、6月21日の夏至ドライブの模様をお送りいたします。
今回は関東私鉄・地下鉄車両の終焉の地として有名な「北館林荷役所」で、解体中の小田急電鉄1000形ワイドドア車(1752編成)や東武鉄道350系など見た時の様子をご覧下さい。

【2021年6月21日】
埼玉県北本市内で学校給食の歴史に触れた私は、レンタカーの走行距離を少し稼ごうと群馬県館林市を目指しました。
水田広がる田園地帯をドライブ車久しぶりに田んぼを見た気がしますアセアセ
利根川を渡ると群馬県です馬
新宿二丁目と言っても館林市ですよアセアセ
レトロな雰囲気の館林駅
昔話「ぶんぷく茶釜」の舞台になった館林市の茂林寺(もりんじ)にちなみ、狸の置物がロータリー内の駐車スペースに鎮座しています。
1936年に東京巨人軍(現:読売ジャイアンツ)が、館林にあった分福球場でキャンプを行い、初Vを遂げたとして「巨人軍栄光の初V不屈のG魂誕生の地」の石碑を建立したそうです。
時間があれば館林うどんを食べたかったなぁぐすん
館林駅から県道7号線を北上し「足次(北)」交差点を右折、お目当ての北館林荷役所へ移動車線路沿いに駐車場もあるので助かりますキラキラ
北館林荷役所は2014年5月に訪問したのが最後でした(解体車両は東武8000系8145編成)
2両ずつ分割された東武350系、こちらの352編成は1800系中間車両を先頭車に改造した異端児でした。
東武伊勢崎線・日光線を走る特急「きりふり」・「ゆのさと」で活躍する350系、残り2本となったので葬式鉄が殺到する前に撮影しておきましょうね。これ以上トラブルを起こさないで下さい。
モハ352-3は窓ガラスや車内の化粧板や座席など撤去され・・・
小田急1000形ワイドドア車の解体が進められていましたえーん
1990年から1991年にかけて、混雑時の乗降をスムーズにするため2m大型ドアを設けた小田急1000形ワイドドア車(写真は1751編成)4両編成6本・6両編成2本を製造、車体がホームドアに対応していないため置き換えを進めています。
北館林荷役所のそばを通る東武佐野線、1973年に製造された東武鉄道8563編成が、解体される小田急1000形の横を駆け抜ける
小田急線の車両と東武特急が北館林でランデブー
クハ352-1(先頭車)とモハ352-2
以前から倉庫として再利用されている車体、元都営地下鉄三田線6000形みたいですね
秩父鉄道や熊本電鉄で活躍中の元都営6000形
陸橋側には東武20000系中間車両が留置中、20000系中間車両の一部を先頭車に改造して長野県のアルピコ交通に譲渡する予定です。
アルピコ交通で活躍中の元京王井の頭線3000系、後継車両が東武20000系になるとは思いもしませんでした。
プリウスと東武350系を絡めて
夕方5時頃とは思えぬ明るさ
16:47 狭山方面に帰るのが憂鬱になる時間ですねアセアセナビによると最終目的地(レンタカー屋)到着予定が約2時間でしたアセアセ
利根川にかかる昭和橋を渡り埼玉県へ
幻想的な夕焼け空だ
私のメガネも夕陽に染まるメガネ
疲れたので智光山公園で休憩栄養ドリンク月1午前の通院ついでに路線バスを利用して行くため、夕方以降に車で訪れるのは初めてでしたにやりいつもと違った雰囲気ブルー音符

航空自衛隊の輸送機や訓練機が頻繁に飛び交う狭山市界隈、珍しく飛行点検機 U-680Aが飛んでいました飛行機
ガソリン満タン返しのため返車前に7ℓ給油
給油した途端にトリップメーターが自動的にリセットされビックリアセアセ給油後に余計な走りができまへんアセアセ
20:00返却予定でしたが早めにプリウスとお別れ
この日は157Km走行、もう少し距離を稼ぎたかったですねぐすんでも充実した1日を過ごせて良かったと思いますキラキラ
しばらくお休みは、自宅に引きこもり資格勉強と企業研究をしながら昼寝するパターンになりそうですねガーンのんびりやりますがねウインク
本シリーズは今回が最終回となります。シリーズを通しでご覧いただきまして、ありがとうございました。
梅雨特有の嫌なジメジメ感が続きますが、皆様も気温差で風邪など引かぬようご自愛下さいピンク薔薇

今回も最後までご覧下さり、ありがとうございました。

鉄道コム