番外 6月30日で引退、さよならキハ66・67系(その2、平成25年撮影イレギュラー区間運行編) | コウさんのコウ通大百科 PART3

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(平成24年1月〜平成30年3月の記事はPART2の内容です)

 

 6月末で引退を発表しております、JR九州の長崎地区(長崎県内)で運行されておりますキハ66・67系気動車撮影の話題、前回その1では去る6月8日に撮影を行いました、佐世保市の南風崎駅、川棚町の小串郷駅付近で撮影しました話題をご紹介しておりました。

 

 このキハ66・67系気動車は、昭和50年に15ユニット30両が製造されまして、全車当初の活躍先の筑豊地区から、平成13年に長崎地区に活躍を移しまして、「シーサイドライナー」と称します快速列車、そして普通列車として現在まで運行されてきましたが、令和2年より運行開始されておりますYC1系気動車の導入によりまして現在まで残っております8ユニット16両がこの6月末で引退が発表されております。

 

 私自身も、今回の訪問におきまして収める事ができておりましたが、現在キハ66・67系気動車の運用が6運用存在しておりまして、しかもうち5運用で日中にわたりまして長崎~佐世保間の快速・区間快速の運用が存在しております。そのため日中では画像1のようにキハ66・67系気動車交換する駅あれば、それとともに運用に入る姿も見られておりますので、まさに最後の活躍の姿を見る事・収める事ができているのが現状でもあります。

 
 
 さて、今回ご紹介しますのは、本来は乗車しました模様をご紹介する予定でありましたが、私自身の都合がありまして、予定を変更しまして、他線区に入線する、いわゆる「イレギュラー」な姿を過去に収めておりましたので、その時の模様に関しまして皆様にご紹介してまいります。
 
 (令和2年9月運行時撮影、110番ユニット)
 
 
 それが、平成25年2月2日・3日の両日に運行されていたものでありましたが、上の画像の「国鉄急行色」であります、現在は110番ユニットとなっております、当時の10番ユニットにおきまして、それ以外の「イレギュラー区間」を運行しておりまして、実際に私も撮影する事ができておりました。

 

 この時の運行区間は・・・

 

 【2月2日】

 大分~(久大線)~久留米~(鹿児島線)~鳥栖~(長崎線)~佐賀~(長崎線→唐津線)~山本~(筑肥線)~伊万里~(筑肥線→唐津線)~唐津((回送)~西唐津)

 

 【2月3日】

 ((回送)西唐津~唐津~)筑前前原~(筑肥線)~唐津~(唐津線→長崎線)~佐賀~(長崎線)~鳥栖~(鹿児島線)~原田~(筑豊線)~新飯塚~(後藤寺線)~田川後藤寺~(日田彦山線→久大線)~日田~(久大線)~大分

 

の以上の行程で運行されておりまして、ツアー名も「キハ66・67で行く、西九州ぐるり撮り旅」と言う名称でJR九州大分支社が企画の上で運行されていたものでありました。

 

 私自身、この日は仕事でありましたが、その日の仕事休憩中の合間に佐賀県唐津市の鬼塚駅において撮影する事ができておりました。よく見ましてもわかりますように、キハ66 110の部分では残念ながら逆光となってしまいまして、少々見にくいのではないかと思いますがご容赦いただけれればと思いますが、車体をよく見ますとキハ66 110では「西九州」のヘッドマークが、当時の相方のキハ67 10では「九十九島」のヘッドマークが掲示されておりました。

 

 (キハ66 110)

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 (同、「西九州」ヘッドマーク)
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 (キハ67 10、「九十九島」ヘッドマークも掲示)
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 また、実際シールではありましたが、画像にもありますように「準急」の表示も出しておりまして、このような姿が国鉄時代を偲ばせる所でもありました。ちなみに、このキハ66・67系気動車では急行では使用されていた経歴はありましたが(後に快速となった「日田」および「はんだ」)、準急としては残念ながら使用されておりませんでした。
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 ちょうどこの時には、鬼塚駅にてキハ40系(キハ47形)気動車の佐賀行きの列車との行き合いがあっておりまして、このようにツーショットを収める事ができておりました。考えてみましても、普段長崎地区で行き合いがある気動車はこのキハ66・67系気動車以外にキハ200系気動車しかない訳でもありますので、こういった所もまさにイレギュラーな所であると言ってもいいのではなかったでしょうか。
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 こうして、列車は唐津駅・西唐津駅へと進みまして滞泊、翌日は上の表のように筑肥線の筑前前原駅まで往復しまして、そしてさらに佐賀駅・原田駅を経ましてから筑豊線を経由しまして、生まれ育ちました筑豊地区各地を回りましてって大分駅へと戻る事になるのでありました。
 
 
 尚、その後キハ67 10に関しましてはこの年台車交換が行われておりまして、その結果キハ67 110に車番を変更するに至っております。そう言った事から「10番ユニット」から「110番ユニット」を名乗る事にもなりまして、以降現在へと至る事にもなります。
 
 
 今回は、平成25年に運行されておりましたキハ66・67系気動車「10番ユニット」で見られておりました団体臨時列車によりますイレギュラーな姿をご紹介しましたが、今となればこのような運行は正直大胆ではなかったかなとも思う所ではあります。やはり、この中には普段電車しか通らない区間も運行されていた訳でもありますし、現在までそう言った設定は見られなくなりましたので、貴重な所ではあるのも間違いないのではないでしょうか。次回は、再びレギュラーな部分へと戻りまして、大村線川棚~小串郷間乗車の模様をご紹介しますので(しかも往路は110番ユニットです)、次回もご覧になっていただきたいと思います。
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