「蔵」の製作状況を投稿する予定でしたが、予定変更です。
「蔵」の工作内容があまりにも地味だったので、もう少し進んでから投稿することにします。
今回は舞台設定の話の2回目です。
「レイアウトの舞台設定の話 ~物語風に~(1)」から続きます。
駅前の広場を横切りながら城跡を見上げる。
残された城は小さかった。
堀に囲まれた石垣が岩を抱いて二重にせり上がり、平らな頂上に小さな櫓が立っている。
建物らしきものはそれだけで、堀の内側は木々もなく殺風景に見えるが、無防備に聳える姿は潔くもある。
急な石段を登り、頂上に立つ。
櫓は漆喰が美しく羽目板も乱れがない。隅々まで手入れされているようだ。
由緒を記した案内板のようなものを探してみるが、そうした類は何もなく、静けさの中に櫓が鎮座するばかりである。
ふいに大きな汽笛が響いた。
石垣の下は堀を挟んですぐ駅の構内になっていて、私の乗ってきた列車が折り返して行くところだった。
蒸気機関車の向きが変わっている。
確かに駅舎は小さいが、支線にしては堂々とした転車台や機関庫も見える。
駅員は「やっとのことで引いた軽便」と言ったから軽便鉄道法を適用したのだろうが、実のところ、意外に立派な地方鉄道だったのではあるまいか。
終着駅で折り返す9600
支線にしては堂々とした転車台
駅の裏手の一段低くなった辺りに、茅葺屋根の集落がある。どの家も駅に向かって縁側を開いており、やや傾いた日が差している。
集落の端には、ホームから見えた教会がある。祈りを捧げる人がいるのだろうか、ステンドグラスがやんわりと光を放っている。
教師の里はこの辺りかもしれない。
集落の周りは山の麓まで刈田が広がる。地形に沿った畦が美しい。端然とした稲株が目に染みる。
小さな汽笛が聞こえた。
見晴らす先に汽車の姿はない。
来る途中、鉄橋を渡った。この町は低い山に囲まれていて、川が蛇行しながら出口を刻んだ所が渓谷をなしていた。
汽車は今、そのあたりを走っているのだろう。
まだ日は残っているし、汽車も数本あろうが、遠のく汽笛が私を焦らせた。
「そろそろ宿を覗いてみるか」
私は、櫓の立ち姿を目に焼き付けて城を後にした。
「お客さん、東京の方なんですねえ。こんな所まで何のご用で?」
部屋に通され宿帳を書いた途端、女中が口を開いた。
いきなり何と不躾な物言いだろう。しかし、明らかに羨望の混じる口調に悪い気はしない。
「それを聞かれると答えようがないんだ。用事は汽車に乗ることだけだからね。」
女中は怪訝そうな顔をして茶を差し出すと、やにわに笑みを浮かべた。
「あっ、阿房列車と一緒ですね。父の本ば読んだことがあります。」
私は思わず微笑んだ。
女中から見たら、破顔したように見えたかもしれない。
一気にうちとけた様子で話し出す。
「用もなかとに汽車に乗るなんて羨ましかです。お客さんよかですねえ。私も行こうごたる。
隣町の高校まで汽車で通いよったけど、いっつも思いよった。このまま汽車に乗り続けたらどげんなるとやろかち。
自分の知らん所に違う自分がおる、知らん所に行ったら、新しい自分になれるかもしれん、そげな気色やったとでしょうね。
その気持ちは、今でん疼いとるごたぁ。ばってん、うちは・・、あっ、すみません。いらんことば言うてしもた。」
女中は、みるみる顔を赤らめると、ぺこりと頭を下げ、そそくさと立ち去ってしまった。(つづく)
もう少し続きます。
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