1993年9月19日の撮り鉄日記
(この日記は1993年9月19日の内容だが、ブログ投稿は2021年6月6日)
この日は朝6時頃起床。
6:30頃、家を出発。
日暮里の吉野家で朝食。
当時の日暮里の吉野家は、現在のマクドナルド日暮里駅前店の位置にあった。
尚、当時のマクドナルド日暮里駅前店は、現在のエクセルシオールカフェの建物だった。
当時は日暮里舎人ライナーは存在しておらず、日暮里駅前の景色も、今とはだいぶ異なっていた。
信越本線に乗って、
俺は駅から撮影地へ歩いて行ったが、撮影地に来ていたテツは、殆どクルマで来ているようだった。
テツはいっぱい集っていた。
すでに線間のインカーブに何人かテツがいたが、前のほうでしゃがめば入れそうなので、線間に入った。
現在の常識では、こんな乱入ポイントは許されないだろう。
当時は、何時間もいても、JRの職員に怒られたりすることはなく、緊急停車もされなかった。
こんなところにいても、警笛すら鳴らされなかった。今の時代からは考えられない。
他の撮り鉄とさえトラブルにならなければ、こういう場所でも撮影できた。
このインカーブの立ち位置は、アウトカーブで撮りたい人にとってはアングル潰しだった。
インカーブに先にテツが集るか、アウトカーブに先にテツが集るか、早い者勝ちだった。
尚、客車列車の下り列車(勾配は上り)の場合は、電車列車と同様にケツにEF63重連が付くので、
軽井沢方にEF62×1両、横川方にEF63×2両というプッシュプル状態になった。
知っとるけ?