クハネ581 / 山陽本線全通120周年記念 | 安芸もみじ / Historys, Trains, Townbikes - Hiroshima JAPAN

クハネ581 / 山陽本線全通120周年記念


京都鉄道博物館の581系 クハネ581を初UPです。

489系や500系をUPした際、一緒に写った写真はUPしたことはありますが、581系として記事にするのは今回が初めてです。

これまでに行った際に撮っていなかった訳では無いのですが、581系・583系は私にとって特別過ぎて、安易に記事にできなかったのですが。




今回は山陽本線全通120周年記念で、クハネ581の車内公開という特別なイベントだったので、5月29日に記事化前提で写真を撮ってきました。

581系は1967(昭和42)年に誕生した形式で、設計段階で当時の技術的にコンプレッサの小型化に限界があり、必要容量をキープしながら最小にたものの大型となったため。

本来客室となる一画を占有したため、運転席後部がルーバーとシームレスになっており、他の特急電車と比較して581系ならでわの外観になっています。



アフターコロナとなった時に、再び車内公開される折りには、あの扉の中・・・・コンプレッサールームも公開して欲しいなと望みます。

そのコンプレッサールームの扉を過ぎて客室ドアを入ると、まずはリンネ室があり寝具の備品が納めてあります。

赤いベストを着た人はスタッフさんで、ウイルス拡散防止の除菌スプレーを手に・・・・これも本来なら余分な業務だよなぁと思います。



そしてデッキから見た客室内と上段寝台です。

車内へ入る時にスタッフさんから『車内の物を触らない様、ご協力お願いします』と言われたので、回りに触れない様に気を付けながら(笑)

背伸びして上段寝台を撮りましたが、当時は気にならなかったものの、今こうして見ると病院の検査ベッドみたいですね。



さて、こちらはちょっと枚数を撮っているのですが、中段寝台です。

右側と左側と撮りましたが、上中下と利用してみて中段が一番圧迫感が薄かったので好きでした。

初めて乗ったのは小学1年生の時に特急金星で上段寝台でしたが、身体が小さいので秘密基地みたく快適な空間だった記憶があります。



この2枚、深夜の減光状態とフル照明ですが、申し訳程度のあの小窓が懐かしいです。

581系電車が誕生した時代は、とにかく輸送量が逼迫していおり、1列車でどれだけの人を運べるかが最重要項目で、このようなすし詰め寝台の設計となっていました。

それでも当時は、寝台列車としては20系客車しか新型はおらず、旧型客車による夜行列車に比べると快適な夜行特急でした。



581系デビューの翌年には583系が登場しますが、コンプレッサの小型化に成功してクハネの定員が増えた程度の違いで、1970(昭和45)年に誕生する14系寝台車も3段ハネで。

利用者にとってはレールに垂直の寝台客車か、レールに平行の寝台電車かが、列車を選ぶ理由の1つに加わることとなりました。

そして実際にこういう使われたことはないのですが、寝台と座席の境界点は保存展示車ならでわなので、撮ってみました。




581・583系は昼行列車では座席、夜行列車では寝台に変わるギミック満載のメカニカル設計で誕生した昼夜兼用電車。

ゆったりとしたボックスシートも魅力でしたが、時代の流れにその装備がついていけない電車でもありました。

車窓から隣りに止まる485系を見る風景も、以前は当たり前の景色でしたが、私も若かりし頃の思い出と重なるように撮ってみました。



さて車内公開の見学ですが、後ろが詰まっているので長居ができず、寝台部分と座席部分を撮って車外へ出て。

家に帰ってから気づいたのですが、下段寝台の写真を撮り忘れてしまいました。

583系とは同一システムの下段寝台なので、過去記事の『最後の583系 ー⑧』にリンクは貼っておきますが、やはりクハネ581-35として撮り忘れは痛恨のミスです。



581系は1967(昭和42)年に山陽特急へ投入するためにデビューした形式ですが、このクハネ581-35はヨンサントオのダイヤ改正で増備された車両の1両です。

この時に製造されたクハネ581は青森区向けの10・11・12・13・14・15・16・17・22 ・23・ 24・25・26と、南福岡区向けの18・19・20・21・27・28・29・30・31・32・33・34・35・36・37の、28両。

クハネ581-35は特急月光・特急みどり・特急きりしま・特急つばめ・特急はと・特急しおじ・特急なは・特急金星・特急明星・特急彗星・特急有明・特急にちりんなど、山陽特急そして九州特急として運用をこなしました。



581系の運用エリアは広大で、特急しらさぎ・特急雷鳥・特急白鳥・特急日本海そして急行きたぐになど、日本海縦貫線で新潟・青森をも結んでいました。

さすがに直通ではないものの、まさに鹿児島から青森までです。

さて今回のイベントは山陽本線全通120周年と言うことで、山陽新幹線全通以前に山陽特急の一角を担った581系の、車両公開でした。



山陽本線は1888(明治21)年11月1日、山陽鉄道により兵庫~明石間が先行開業し、12月23日に明石~姫路駅間が延伸開業しました。

1889(明治22)年9月1日、兵庫~神戸間が複線で開通して、神戸駅で官営鉄道と接続できるようになると、後は西へ延伸し続けました。

1891(明治24)年3月18日に岡山まで開業すると、約1ヶ月後の4月25日に倉敷まで延伸開業し、翌1892(明治25)年7月20日、三原駅(現 糸崎駅)間 が延伸開業します。



1894(明治27)年6月10日、山陽本線は広島まで開業し、1901(明治34)3月31日に馬関駅(現 下関駅)へ到達して全通となりました。 

1906(明治39)年12月1日、鉄道国有法によって山陽鉄道は国有化され、1909(明治42)年10月12日の国有鉄道線路名称制定により、神戸駅~下関駅間と兵庫駅~和田岬駅間を山陽本線と命名されました。

山陽本線の終点は計画当初から下関となっていて、全通以来36年間下関駅が終端でしたが、1936(昭和11)年9月19日に下関~門司間の海底トンネルの建設が開始されます。

581系,特急つばめ

581系,特急彗星,特急金星

1942(昭和17)年7月1日に下り線が、戦時下の1944(昭和19)年8月8日に上り線が開通し、山陽本線へ組み込まれて門司駅が終点となりました。

山陽本線全通記念日は、山陽鉄道による下関開業日1901(明治34)3月31日が古来からの習慣で、関門トンネルは関門トンネルの開通記念日となります。

さて581系ラスト4枚は1975(昭和50)年頃のL特急つばめと寝台特急彗星に金星、そして2001年に583系を使用した山陽本線全通100周年記念列車・特急しおじをUPしてみました。

特急しおじ,583系リバイバル

581系,特急なは,特急明星

そして1981(昭和56)年頃のイラストヘッドマークになった特急なはと特急明星ですが、特急なはは非貫通のクハネ581-7です。

さてさて、広島は非常事態宣言下での隠密上洛でしたが、宣言解除の兆しは無く(事実延長となりました)、山陽本線開業120周年記念列車は運転取り止めになったり。

そもそも長野へスカ色の115系を撮りに行く予定を潰したことからが始りで、本来はじっとしていなければならないのは重々解っていながらも、『はあええ加減にしてくれぇ』と心の悲鳴に耐えきれずの京都鉄道博物館でした。

581系,583系

▼本日限定!ブログスタンプ

牛乳のおいしい飲み方、おすすめ料理やお菓子は?

JAPAN,Today is milk day,今天是牛奶日JAPAN,Today is barley tea day,今天是大麥茶日

今日は牛乳の日・・・・ですが去年までは麦茶の日のブログスタンプでした。

麦茶は春夏秋冬1年を通して、緑茶どもどもよく飲みます。

『6月は「麦秋」という言葉があり、麦の穂が実り、麦茶の原料である大麦の収穫シーズンにあたります。また、6月1日は衣替えにもあたり、まさに麦茶の季節の始りにふさわしい日ということで、1986年に記念日として制定されました』ー全国麦茶工業協同組合HPより引用ー


とあるので、てっきり公式記念日かと思っていたら、麦茶の販売促進PRのための定期イベントの日でした。

例年なら全国麦茶工業協同組合が、各地で麦茶の無料配布などのイベントを行なうのですが、今はコロナ禍の影響で軒並み開催が見送られていて、とても残念です。

ところで6月1日は他にもたくさん公式記念日があって、その中で目についたのは"釜飯の日"。


今、京都鉄道博物館では山陽鉄道全通120周年記念企画展「鉄道と食のいろどり」が開催されていて、581系の車内公開もその一環でした。

10代後半から20代前半に沖縄を除く日本全国を鉄道旅しましたが、やはり釜飯や炊込ご飯はその地方の独創性が強くて、楽しみな旅の醍醐味でした。

そして有名なのは信越本線 横川駅の"峠の釜飯"ですが、これは私も名に恥じない逸品で大好きでした。


展示品を見ながら『あぁ、また行きたいなぁ』と思っていたら、地元広島の宮島口駅の"あなご飯"を見つけて、思わず写メして(笑)

あなご飯は山陽鉄道時代からの人気駅弁でしたが、今でも『出来立ては店舗で冷めても旨い駅弁で』として、地元人でも定期的に食べたくなる名品です。

アイスクリームと書かれた箱の横にある薬缶っぽいものは、駅弁販売用お茶保温器だそうで1940~1950(昭和20~30年)年代に使われた物だそうです。


一説には当時、緑茶だけでなく麦茶など安価で大量生産できるお茶が、地方の特色として販売されていたそうです。

牛乳のおいしい飲み方、おすすめ料理やお菓子ですが、クリームシチューなんかも好きだけど、これからの季節はアイスクリームがいいですね。

と、山陽本線全通120周年のネタと牛乳・麦茶のブログスタンプをムリヤリ絡ませながら、珍しく長くなってしまった今日の記事を終えます。

多枚数の写真と長文にお付き合い下さり、ありがとうございました。

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