大きなニュースになったので、ご存じの方も多いでしょう。今回の記事では、この事件について書きます。
運転士に対する処分は「免停」の可能性が高い
まず、当該運転士に対する処分ですが、運転免許の停止 = 免停の可能性が高いです。免許の取消まではいかないはず。
これは法令的な根拠があります。
国土交通省によって、『動力車操縦者運転免許の取消等の基準』というものが定められています。ようするに、「運転士がこういうことをやったら、免許の取消や停止処分を下すよ」がキチンと決まっているわけ。
たとえばですが、「酒気を帯びた状態で列車を操縦した者」は、一発で免許取消を喰らいます。たとえ事故が起きなかったとしても、です。
で、今回のトイレが我慢できなくて離席した件ですが、これは当基準内の「正当な理由なく列車の操縦中に運転席を離れた者」に該当すると思われます。
もう少し詳しく説明すると、『鉄道に関する技術上の基準を定める省令』では、以下のように定められています。
第百二条 動力車を操縦する係員は、最前部の車両の前頭において列車を操縦しなければならない。
列車を操縦する際、運転士は一番前で運転しなければならない。それすなわち、運転中に運転席から離れるのはNGということですね。もし離れたければ、操縦をいったん中断するとか、代わりの人を配置するとかの措置が必要です。
で、話を戻しますと……
『動力車操縦者運転免許の取消等の基準』によると、運転席からの離席に対する処分は、「鉄道運転事故が起きなかったのであれば免停30日」となっていますから、免停処分になるでしょう。免許の取消までは、さすがにいきません。
「トイレは生理現象なのだから仕方ない。免停などの処分はおかしい」という意見もネット上ではありますが、それは通りませんね。ルールが決まっていますから、それに則って処分が下されるのは当然。
ただし、これは国土交通省による行政処分の話。JR東海の社内的な処分は、話が別です。
JR東海も、当該運転士の免許剝奪まではしない(というかできない)でしょうが、おそらく、関連会社に出向(左遷)させるでしょう。大きなミスをした乗務員を乗務から外し、関連会社に出向させるのは、鉄道会社での一種の“定石”です。つまり、「実質的な免許取消処分」を下すわけ。
プロとして最も恥ずべきことは何か?
さて、当該運転士ですが、「腹痛で列車を停止させて遅延させるのは、プロとして恥ずかしかった」と話しているとのことです。
列車を遅らせるのが恥ずかしいという感覚、私も運転士経験者ですから、よくわかります。決められた時刻通りにキッチリ列車を走らせるのも、プロの条件の一つです。
ただ、この運転士は、もっと大事なことを忘れてはいないでしょうか。
プロとして最も恥ずべきは、乗客を危険な状態に晒すこと
運転席に、列車を操縦する(だけではなく、異常事態が発生したときに対応する)運転士がいないまま列車が走り続ける。これが危険でなくて何なのか?
確かに列車を遅らせるのは恥ずかしいかもしれませんが、乗客を危険に晒すのは、それ以上に恥ずべきことです。この運転士の言い分は、そこの優先順位を間違えた「誤ったプロ意識」であると断言しておきます。
「運転士2人体制にすべき」という意見は疑問
今回の事例を見て、「こうした生理現象も当然ありうる話なのだから、運転士を2人体制にするべきだ」という意見も多くあります。が、少なくとも私は、その必要性を感じません。
というのは、乗務中に体調不良(トイレに行きたいも含む)になったときの対応は、JR東海ではちゃんとルール化されているからです。具体的には、「指令に連絡して指示を仰ぐ」だそうです。
「腹イタで急を要するときに、いちいち指令の指示を仰ぐなんて非現実的」と思うかもしれませんが、それを言ったら、「全列車の運転士を2人にする」だって非現実的です。
というか、それを言い出したら、新幹線に限らず在来線だって運転士2人体制にするべきですし、バス等の他の公共交通機関でも同様でしょう。さすがにそれは無理です。
「腹が痛いのでトイレに行きたいです」と乗務員が申告してきたら、指令も「我慢しろ」とは言いません。「しゃあないので列車を停めてからトイレに行け」と指示します。
ちなみに、乗務員の体調不良時の扱いはウチの鉄道会社でも同じ。
私は指令の仕事をしていますが、実際、乗務員から「体調が悪くて運転を続けられません」と申告してきた事例に遭遇した経験はあります(熱中症でした)。そのときは駅停車中だったので、交代運転士を急いで派遣しました。
体調不良時には、すぐに列車を停める。それからトイレに行くなり、交代運転士を派遣するなりして対応する。現実的な範囲内のルールですから、それを守るよう徹底すれば、運転士2人という非現実的な体制は不要なはずです。