皆様こんばんは。ブログおよびホームページ管理人の神@北見です。

 

キハ58系はこれまでに色々とご紹介している通り、製造次数の度に様々な設計変更が行われ外観上の変化も多岐に渡っています。設計変更が行われる要因としては保守や運転側から、安全上の理由や取り扱いしやすくする等、機能性の向上に伴って行われるものが殆どです。しかしながら中には「これって改悪?」というような設計変更が無いわけでもありませんでした。今回は「乗務員ドアステップ」をご紹介したいと思います。

 

キハ58系の前位側運転台の乗務員ドアステップは、当初幅広のもので製造されていました。

 

↑キハ58 23

 

↑拡大して見ると、製造が始まった当初はこの幅です。

 

この形態は昭和38年度第3次債務の車まで続きます。

 

↑昭和38年度第3次債務製のキハ58 541です。後藤工場ではステップを白く縁取りするため、ステップが目立って分かりやすいです。

 

これが、次の昭和39年度民有債になると、乗務員ドアステップが幅狭になります。この製造次数からは運転席窓バランサー点検蓋が新設されているグループなので、比較的大きな変更がされたロットになりますね。

 

↑キハ58 563 見づらいですが、乗務員ドアステップが幅狭になっています。

 

↑キハ58 569 こちらの方が分かりやすいですかね。乗務員ドアステップが幅狭になっています。

 

そしてこの形態はモデルチェンジ車にも引き継がれます。

 

↑キハ58 1122 モデルチェンジ車も新製時は全て乗務員ドアステップが幅狭になっています。

 

しかしながら、古い幅広と、新しい幅狭ではどちらが使いやすかったのでしょうかね? 幅が広い方が安全なような気もしますが…。

 

 

このような懸念からか、実は和歌山配置のキハ58系では、昭和39年度民有債以降の車で、乗務員ドアステップを幅狭から幅広に改造した車が存在します。

 

 

↑キハ28 3006(元和歌山車)を改造したキロ29 503(ふれあいSUN-IN) モデルチェンジ車は乗務員ドアステップが狭幅の筈なのですが、広幅に改造されています。

 

 

↑キハ58 564 (元和歌山) 乗務員ドアステップが幅狭から幅広に改造されています。

 

↑キハ58 625(元和歌山車)を改造したキハ58 7208 乗務員ドアステップが幅狭から幅広に改造されています。

 

↑キハ58 1113 (元和歌山車) 乗務員ドアステップが幅狭から幅広に改造されています。

 

キハ58 1138 (元和歌山車) 乗務員ドアステップが幅狭から幅広に改造されています。

 

こうしてみると、製造途中で幅広から幅狭に設計変更されたものの、後の改造で幅広になっている車がいることが分かります。前述のとおりこのような車は元和歌山車で見つかっておりますが、和歌山車の全車がこうなっている訳でもなく、また運転席側のみ幅広になっているものの助手席側はそのままという車が大半です。その他地域の車でも同様のものがいる可能性は無くはないですが、まだ発見には至っていません。

 

このように、設計変更されたものの元に戻るケースがあるというのも非常に興味深いですね。新製時の形態ですとこの乗務員ドアステップにより昭和39年度民有債より前か・これ以降かを見分けることが出来ますが、同時にこのロットからは運転席窓バランサー点検蓋が付きますので、ドアステップを見なくてもこのバランサー点検蓋を見れば区別できますからね。

 

ということで今回は設計変更の意図がイマイチ不明な乗務員ドアステップでした。

 

なおウチではキハ58系Nゲージ鉄道模型を整備する際にもこの乗務員ドアステップには留意しており、Tomix製品はデフォルトで幅狭になっていますので、昭和38年度第3次債務以前の車であれば幅広に改造するようにしています。

 

↑愛用の銀河モデルの旧型気動車用乗務員ドアステップです。

 

↑元新潟車で、竹槍タイフォンを装備していた盛岡色のキハ58 497を製作した事例です。乗務員ドアステップは幅広に交換しています。

 

しかし、黒く塗ると全く目立たなくて誰も気づかないのが残念な所でしょうか…。殆ど自己満足の世界ですね。

 

 

今回も最後までご覧いただきありがとうございました。それでは次回もお楽しみに!!

 

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にもキハ58系各車の解説がありますのでご覧になってください。