吹田のDD51配置は意外と早く、鳥栖にいた若番が転入していた。それが篠山口行きのC11を置き換えていた。それよりもD52の貨物置き換えて桜島線にはいったのだと思う。新鋭機にはふさわしくない舞台だと思う。その後も大阪付近の運用は無くならず、城東貨物線では2011年3月のEL化まで使われた。
城東貨物線は都会に近い割には何かと見せ場が多く、特に赤川の淀川橋梁は最後になって何度も撮りに行ったものである。
城東貨物線はその後おおさか東線になり、EL牽引の貨物列車が走っている。交直流機が来るし、国鉄型EF65PFも撮れる。
吹田を発車する城東貨物線のDD51。
DD511802 吹田機関区は毎年公開されたので楽しみだった。
放出のホームからは夕方に順光で上り列車が撮れた。昼過ぎまでは踏切から撮れるので、EL化後はEF81
撮りに何度か行っている。
放出の先にも新しい撮影地ができていたが、一度しか行かなかった。
有名な赤川の併用橋を渡る、かつてはここをSLが走っていたのは撮れなかった。淡路駅から歩いて行くことを考えていなかった。
百済で休むDD51を電車の車内から撮影。構内は梅田貨物の機能を移すための工事が始まっている。
片町線は徳庵駅に近畿車両の工場があり、ここからも甲種輸送が見られる。当時はこれもDD51が使われていて、出発前には踏切から撮影できる。ヘッドマークは社員家族向けの見学会があったようだ。最近は100周年ヘッドマークも付けられた。
役目を終えた寝台車を浪速貨物駅から外国に送られることになり、DD51のブルートレインが実現した。
川重の甲種牽引も一時は吹田のDD51が使われていた。この頃は国道にフェンスが無くて、上からも撮りやすかった。
引退の前にはヘッドマークが付いて、多くのファンが撮りに来ていた。
コメント
コメント一覧 (13)
nainen66
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つだ・なおき様 あれから10年ですか。ちょうど大地震と重なったのですね。それまではあちこちで知り合いに出会ったりしていました。近畿車両ではヘッドマークが付くことがありますが、他のメーカーではあまり知りません。工場を少し出てから撮影タイムのあるのが嬉しいです。
nainen66
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