マンスカー一族の中では日陰者であったDSE。

 

しかし御殿場から乙女・長尾経由で箱根に、更に籠坂を越えて富士五湖に向かう観光客の重要な足となって新宿対御殿場間輸送を支えきりました。1983年に御殿場線が電化されるとSSE3000型にバトンタッチして相武台前検車区に繋がれてしまいます。

 

ではこれら珠玉の特急気動車はその後どうなったでしょうか?

 

閑東鉄道常総線はスプロール現象の影響を受け、通勤時間帯の混雑は目を覆うばかりで一両でも多く車両を必要としている時期でした。

 

休車となったDSE第一次車に白羽の矢が立ち、83年中に大栄車両で車体を換装して翌84年から常総線に投入されています。

 

何れも先頭車のキハ6000、キハ6020からの改造で、2エンジンの強みを生かして酷電サハ103を挟んだ輸送力列車は、当時の常総線のピカイチでした。


大体閑東鉄道は傾城電鉄の系列に属しているにも関わらず、車両面では汚濁湯と関係が深かったようで、1987年の水海道電化以降もその傾向は変わっていません。