この日映事件は文献には色々な事が書かれている。
「東急が中止を命じた理由には私鉄経営協議会が, その利害関係というものがある。
それがいちばん大きいのじゃないか。
三宮個人としては五島の関係だけなら押し切ったのじゃないか。
三宮というのはどうもそういうところがあるらしい。
そういう決意をもったらしい」
等と言う文面も散見されるが、これは話を面白くする為だと思う。
そうでなければ、株式会社と言うものを全く解っていない者が書いた戯言であろう。
一応建前を言うと株式会社は株主の物である。
いくら会社が「これをやる」と決めても大株主が「ノー」と言えば終わりなのだ。
当時、五島は戦前の大東急よりもやり易い方法で各社を運営していた。
単純に各社を株で縛っていたのである。
これならば株式交換や独立運動等、無駄な資金や行動をする事も無い。
ましてや、東急から擁立された雇われ社長である三宮には完全自由な裁量権等ある筈がない。
そして失跡の原因は五島の強い反対に抗しきれず、五島と 「日映」 との板挟みになった三宮が失踪すると共に社長を辞任。
京王帝都も全て手を引く事に依り挫折した事になったと言うのが、曾我や松尾の回想録も基本的にそのストーリーを崩していない。
しかし実際にはそんな単純な話では無かった。
当時私鉄各社は資金難に喘いでおり、運賃の値上げを陳情している最中であった。
更に私鉄各社は国に多大な融資を申請していた。
この様な状況であった為、三宮は後日宮沢胤勇運輸相に呼び出され、『運輸事業の公共性』について警告されていた。
「京王帝都さんは地下鉄の新宿開設に直結する乗入れ施設費として政府融資7億円を申請していたね?
その京王帝都が映画なる事業に4億円の投資をすると言う事を聞いたが本当かね?
本当ならば運賃値上げ工作もしているのに、京王の投資は矛盾も甚だしいばかりか、こうした投資の余裕が私鉄にある事は社会の誤解を受ける事になるから、場合に依っては融資申請を却下する」
と通達されたと伝えている。
しかも、政府融資は京王帝都だけではなく、親会社の東急もターンパイク等相当な金額の申請を行っていた。
他には京急や小田急、東武西武は元より阪急や近鉄等ほぼ全ての私鉄が申請をしていたのである。
これが京王帝都が下手を打った事で他社が巻き添えを喰らう恐れがあったのだ。
当然ながら京王帝都の政府融資は却下される。
このお陰で新宿地下化は大幅に遅れる事となる。
京王帝都にしてみれば別に何も悪い事はやっていない。
それ所か、会社幹部達が三宮に事業の推進を進言したのである。
しかし運賃値上げや政府融資も申請している矢先、それに加えて回収出来るかどうかも分らないあやふやな映画事業に4億円と言う多大な投資は金額も時期的にも悪過ぎた。
これが「日映事件」の真相だろう。
失跡した三宮は多分、東急に匿われていたと思われる。
彼は五島亡き後、五島美術館の館長となった。