vol.365 冬の九州2021③ 大分豪雨応援 久大本線全線走破!由布院ブラ付き^ | 旅ブログ Wo’s別荘

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九州シリーズ3回目です^グッド!

前作では、4年ぶりに全線復旧した豊肥本線(※熊本~大分)をご覧頂きました。今作では、もう1線、九州を東西に横断している路線をご覧頂こうと思っています。その線とは~

 

久大(きゅうだい)本線ですベル

 

その名の通り、大分駅と、福岡県の久留米駅を結んでいる久大線、総距離は約150km、前作の豊肥線とほぼ同じ長さです。

 

途中、日田や由布院等有名な地点も通りますが、ここ数年、九州を度々襲っている豪雨により、度々不通区間が生じています。

近年では2017年、日田地域の豪雨被害により不通区間が発生、翌年復旧しましたが、2020年に再び同地を襲った豪雨によりまたもや由布院駅付近で不通になり、僕が行った昨年末(2020.12)の時点でも庄内~豊後森間が運転見合わせ、代行バスでした。

 

・今作では、その代行バスの様子を含め、久大線の現状についてWo流にみていきたいと思ってます。由布院の街ブラも付けます。よければお付き合い下さい黄色い花

前作の豊肥線走破終了後、大分泊。その大分駅が、今作のスタートになります。↑夜明けを迎えた大分駅(西口)虹

本日、まず1発目に乗るのは~

久大線、7:24発の庄内行ですしっぽフリフリ

通常なら久大線の普通列車は、由布院や日田まで運転されるものもあり、長距離利用ならそれを選びますが、前述の通り、訪問した時点では庄内~豊後森間が不通となっており、それより先はバス代行となっていましたあせる

ホームに出ると、日豊線特急・ソニック号が停車新幹線

お~

車体に大ヒットアニメ、↑鬼滅の刃のラッピングひらめき電球

そういえば前作の豊肥線でも、ワンピースとコラボしたPR素材がありましたが、JR九州ってけっこうメジャー所と組むのすきですねw

 

日豊線もいずれ当別荘でやりたいと思ってますが、今作では久大線に全集中します(笑)映画

庄内行DCが入ってきました!

前作の豊肥線でも乗った200系DCですDASH!

側面にはバスと同じ様式の方向幕(※上部に横流動式1本、下部に縦書き4本)が特徴的バス

発車しました!

発車してすぐ、日豊線&豊肥線の高架と別れていきます

(※久大線・豊肥線とも、まず大分駅から宮崎方へ向き、久大線、次に豊肥線の順に内陸側へ分岐してゆきます)

大分発車時は通学の高校生で超満員だったんですが、1つ目の古国府駅でドドッと大量に降り、撮影できる状態に・・w^^

朝の久大線の大分口、大分方面への列車と頻繁にスライドします。大分駅から6駅目の向之原(むかいのはる)駅までは大分近郊区間の様相で、毎時2本は運転されていますビル

そのため、離合線を持つ駅がこの規模のローカル線としては多く見受けられました。ただ、豊肥線の熊本口のように”電化する”ところまではいってないようです・

黄色の125系、赤い200系、そして↑、白と青帯の国鉄型と、久大線のDCはバラエティに富んでいます^合格

向之原を出ると、家並は減って田園風景になり、そして・・

くじゅう連山が見えてきますクローバー

向之原駅を過ぎると車内は閑散、それでも1駅1駅律儀に停まりまがら、くじゅう路を辿っていきますDASH!

次第に山並みが近くなり、登り坂となってきます右上矢印

そして・・

豪雨被害により図らずも終点駅となってしまった、庄内駅に到着。

大分駅から約50分、ひとまずここで列車とはおわかれですあせる

(※現在全線復旧しました)

改札口を出ると~

駅前には代行バスが待ってくれてました。

玖珠観光バスが運行する、小型のバスですバス

このバスで由布院まで行きます(※この日の不通区間は庄内~豊後森間でしたが、代行バスは全便、途中の由布院で乗換)

バスは由布院へむけ、久大線と絡むように踏切を何回か渡りながら、国道210号を走ってゆきますヒヨコ

途中、湯平・南由布の2駅がありますが、道路形状の問題からか駅前には入らず、近傍国道沿いの既存バス停を使って停車しますベル

座席は満席程度の乗りでしたが、しかし朝8時台の鉄道代行便が小型バス1台で間に合うとは・・あせる

バス車窓から見えた↑列車の走ってない不通区間、昨日県境付近で降った雪が枕木に残っていました雪

そして・・

代行バスは終点、由布院バスターミナルに到着(※駅すぐ)

都市間バスが昔から発達している九州では、ちょっとした街には大抵大きなバスターミナルがあります。由布院からは大分市や別府市、福岡市等への高速バスも発着していますバス

ちなみに同BTのメインは、亀の井バスカメ

ここでちょっと話脱線しますがw、亀の井バスといえば別府市のバスとして有名ですよね・温泉

 

元々は別府の旅館の一軒が昭和初期、温泉客の遊覧のため”バス部”として創立、日本初の定期観光バスやバスガイドの添乗等、当時としては画期的なサービスを開始し、全国に名を轟かせたバス会社です星

現在は西鉄系列に入り、別府のみならず由布市等の大分県中部で多くの路線を運営していますバス

今作はバスブラではないのでこの辺にしてw、JR由布院駅へ。バスターミナルから2~3分です走る人

近年建替えられたようで、新しい駅舎キラキラ

ちなみに僕、前作の豊肥線同様に久大線も、全線通しで乗るのは学生時代以来ウン十年ぶりなので(汗)、以前の駅舎の記憶はありませんあせる

(※この日)現在は列車が動いてない由布院駅、どんな様子なのか・・

意外や、玄関が開け放たれ、電気もついています。おじゃましてみます・ひらめき電球

玄関先には↑、代行バスの運転状況を告知するボードが書かれています。また、緑の窓口は営業していて、指定券や全国のキップ等を販売していました。代行バスでもあっても”開通”しているという扱いだと思われますクローバー

ご存じ、由布院といえば全国的にも屈指の温泉郷、本来なら駅前は観光客でごった返している筈ですが、コロナ禍と不通のダブルパンチで、抜けるような青空の下、閑散としていました・あせる

駅舎の横には↑、由布市が設置した観光PRセンターがあります。パンフ類や案内所のほか、ミニ図書室や休憩コーナーもあって、列車待ちには立寄り必須です^^椅子

 

このあと温泉街ブラへとご案内しますが、その前に当地、”由布市”、”由布院”の地名について一発いっときます^クリップ

 

温泉地として名高い”由布院”ですが、ご当地は1955年、昭和の大合併時に由布院町と湯平村が合併して『湯布院町』になりました。

 

両者の文字をミックスしたネーミングですが、最初に「湯」がある事で温泉のイメージがパッと浮かぶ、なかなかよく出来た合成名だと僕はかねがね思ってました合格

 

平成の大合併で近隣の2町をさらに併合、残念ながらこの時自治体名としての”湯布院”は消滅、新たに市制を敷き『由布市』となりましたブーケ1

 

・という訳で、現在も駅名では「由布院」「湯平」の両駅がその名を伝え、「湯布院」は現由布市で旧湯布院町域の地名として残っています。3つの名を持つ温泉、『ゆふいん』ですw^^星

・では、せっかく由布院まで来たので、次の代行バスの時間まで、プチ街ブラと参りましょうw走る人

 

駅前から、改めて歩き出すと~

駅前通りのむこうには・・

雄々しくそびえる、由布岳(※標高1.583m)がみえます虹

(※山頂付近は雲に覆われてますが、後程みえてきます)

駅前通りは、食堂がパラパラあるという感じで、比較的静かな雰囲気でした。温泉街の中心は、駅から少し離れたところにあります温泉

駅から500m強歩くと、”湯の坪街道”という観光ストリートがあります。この辺まで来ると、温泉地らしく観光ムードになってきますお団子

 

・この通りをさいごまで歩くと、美しい湖があるというので、行ってみます走る人

足湯ならぬ”手湯”wパー

時節柄、マスク屋さんまで並ぶ温泉街、このあたりへ来ると観光客の姿も増えてきます。鉄道が(当時)不通というのもあり、観光バスや車で乗り付ける人のほうが多いようでした車

ん?!九州で一番幸運なお店!?!^^ひらめき電球

音楽界からお笑い界、はては前首相に至るまでw、各界の有名人がご来店(驚)にひひ

街道から枝分かれする路地もあって、お店の種類も多く、なかなか楽しい由布院街ブラです^

お店が途切れ、由布岳が近づいてくると、泉源から湯気が上がっているのが見えますDASH!

湯の坪街道が途切れると、ゴールの『金鱗湖』、まもなくです

↑観光客立入禁止の、地元の人のみ入れる温泉も温泉

お、みえてきました!目

お~~

空を美しく映し、さざなみ打つ幻想的な湖面・・

由布院・金鱗湖です^^キラキラ

 

・そして、湖面からは~

↑ご覧下さい、湯気が上がっています^

写真では伝わらないほど、ホント幻想的でしたオバケ

面積1ha弱の小さな湖ですが、流入する河川の水は温泉を含んで約30℃あるため、冬の朝等はこのような朝靄が観察できます目

(※流出河川は、大分川の源流です)

↑水鳥も、人といっしょに木道から朝靄を鑑賞w

金の鯉も泳いでます、まさに”金鱗湖”^^

ちなみに、この湖名の由来、大分出身の儒学者・毛利空桑が当地を訪れた際、夕陽に照らされた魚の鱗が輝くのを見て感嘆し、命名したといわれてます・うお座

由布院の宝石、金鱗湖でございました・グッド!

この由布院、僕は現地で感じたのは、単に有名というだけでなく、うまく表現出来ないんですが、なんか”本物の温泉地”とはこういう所をいうのかなぁ~という印象です。是非一度泊りで来てみたいです・

 

・そして、駅への戻り・・

山頂付近の雲が取れてきて、由布岳の頂上がみえてきました!

お~~~

標高1.583m、大分の雄峰、雪を頂いた由布岳です雪

名残おしいですが、次の代行バスの時間がきました、駅前へ戻ります・

再び、駅前の由布院亀の井バスセンターですバス

バスターミナルからも、由布岳頂上が美しく見えています虹

豊後森行の代行バスが来ましたうり坊

先程の由布院行は玖珠観光でしたが、今度の便は大交北部バス(※中津市等がエリアの会社)

久大線代行バスは、大分県内のバス会社が総出で分担しているんですあせる

一人づつ、JR切符の改札をうけ、手指消毒してから乗り込みます

駅を出ると、再びR210を走りますDASH!

バスは快調に、九重の山並みを抜けてゆきます霧

そして~

大きめな街に入りました、玖珠町です

由布院から約15km、豊後森駅到着

降りると、なぜかバスの方向幕が”教習車”になってた(笑)

↑豊後森駅です

レトロな外観ですが、近年建替えられたとみられ、典型的な水戸岡デザインです^^家

駅玄関や改札等、出入りする所に”のれん”を多用するのも水戸岡さんの特徴^^

落ち着いたデザインの待合室(※券売機・みどりの窓口あり)

 

・で、豊後森駅、昔は鉄道の要衝として栄えました。前作・豊肥線での宮地駅同様、線区の中間にあたり、国鉄時代は機関区がおかれていました。現在、そこに・・

↑往時の機関庫がそのまま保存されてるとの事。早速行ってみます走る人

駅前に出ると~

魚屋さんの店先に、大きな写真パネルが!

SLが走っていた頃の古い写真が掲げられていました。

魚屋さんの壁ですよ(驚)うお座

かつては鉄道によって栄えた街だったことが窺えます

お、ここか・・

現役久大線の踏切を渡ると~

お~~

扇型機関庫が・

近年、玖珠町がJRから土地ごと譲渡をうけ、周辺とともに鉄道公園として整備されたものですキラキラ

そして、機関庫の前には保存SLが!

9600型、29612号です

元々は福岡県志免町で保存されていた同機、同町が保存しきれない状態になっていたものを譲り受け、整備・移設してきました星

 

1919年製、戦前戦後の九州各地を走り、終戦直後には長崎の被爆者疎開輸送にも使われたとの事です・

機関車と機関庫の間には転車台(ターンテーブル)

そして、割れるに任せたガラスが痛々しい感もある、旧豊後森機関庫です・

(※国有形文化財/近代化産業遺産)

 

これまで当別荘では、岡山・津山や京都・梅小路等の扇型機関庫を紹介してきましたが、ここ豊後森のは、九州で唯一現存する扇型庫です。

久大本線は1934(昭和9)年に全線開通しました。それと同時に開設された同機関庫、大分と福岡を結ぶ重要な鉄路だった久大線の要衝として、多くのSLに石炭と水を補給しつづけて.きましたみずがめ座

また、最盛期には200人余の人員がここで働き、玖珠町に大きな雇用と経済効果をもたらしました。しかし・・

 

自動車普及による鉄道斜陽化、そしてディーゼル機関車導入によりこのような設備は不要となり、1971年、同線蒸機引退とともに、機関区もその役目を終え、廃止となりました汗

この貴重な機関庫を保存する事にした玖珠町の判断は素晴らしいと思いますし、長年鉄道で支えられてきた同町の感謝の念があってのことと思います・

・そして、この機関庫公園には、小さな博物館も併設されています

↑”豊後森機関庫ミュージアム”

2015(平成27)年、旧機関区公園の整備とともに開設されました。

鉄道で栄えた街、豊後森の歴史が凝縮されています目

↑SLが客車を引っ張っていた頃の久大線

牽引機のD60は、主に貨物用として筑豊線等で活躍しましたが、写真のように同線では旅客列車も引っ張りました。前述の通り、久大線のSLは1971(昭和46)年に全廃されました・流れ星

↑の写真、僕的には久大線の特徴がよく出た写真と思います。というのは、SL廃止でディーゼル化された同線、でもいきなり『ディーゼルカー(DC)』には置き換わらず、ディーゼル機関車が客車を引っ張る列車が比較的遅くまで活躍しました。

JR転換後もしばらく生き残り、山陰線とともに、全国で最もおそくまで客車普通列車が見られた線です星

また、豊後森鉄道史を語る上で外せないのが↑、旧宮原線の存在。

・宮原(みやのはる)線は、豊後森駅の隣・恵良駅から南西に延びていた支線で、1984(昭和59)年に廃止となった路線です(約25km)

同線列車は豊後森駅から発着していましたリサイクル

 

↑は廃止記念乗車券ですが、券面の通り、深い森林の中を通り、県境を越えて熊本県・肥後小国駅までを結んでいました霧

 

僕は宮原線、廃止直前に一度乗った事があります(古)あせる

途中の宝泉寺という駅で、女性の委託駅員さんが、発車する列車の車窓にむかって乗客一人一人に深々と礼をされていたのを今もハッキリ覚えています・

先程の魚屋さんの壁にあったのと同じ、最終日のSLの写真がここにもありました。↑手作りの「ごくろうさん さようなら」と書かれた惜別のヘッドマーク、そして心づくしに飾られたSL、機関区で最後まで苦楽を共にしてきた職員さんの愛情を感じます・汗

大自然や数々の民話も豊富な玖珠町ですが、知られざる”豊後森の鉄道史”にも是非注目して頂きたいと思います・

時間がきました、ここからは再び鉄道での走破になります馬

日田行DCが入ってきました

前作の豊肥線でも乗った大分所属のキハ125ですが、トップナンバーがきました^^星

JP型ながら、ボックスシートが並ぶ車内グッド!

ローカル線はいっときだけ高校生で激混みする時間帯があり、全国的にこういう車はロングシートにする場合が多いんですが、やっぱり旅情の面でいえば↑ですね・^^しっぽフリフリ

豊後森を出た列車は、玖珠川、そして国道210号(筑後街道)と縫うようにすすんでいきますDASH!

天ケ瀬駅で、特急ゆふと離合

そして列車は、同線で一番の主要駅へ入ってゆきます

日田駅ですコスモス

ここで、久留米行に乗換です。いよいよラスト走者へかたつむり

日田市は大分県でありながら、直線距離だと大分市よりも福岡市のほうが近く、高速バスを使えば福岡に通勤できなくもないという立地。関西でいえば三重の名張市と似た立ち位置かもです^ヒツジ

・日田については、大きな街でネタ豊富なので、また次の機会に譲ります・ニコニコ

日田を出た列車、2駅目↑、夜明駅に停車。

この駅も、今作では外せない話がある駅です。

 

この夜明駅からは、日田彦山線が分岐しています。筑豊を通り、小倉へ至る路線ですが、この線も2017年の九州北部豪雨で添田駅以南が不通になったままです。現在に至るまで復旧のメドが立たず、先日ついに沿線自治体は鉄道での復旧を断念、JR九州の提示したBRT化をのむ決断をしたようです・汗

夜明駅を出ると、錆びた線路が北へ分岐しています。しかし、この線路を列車が走る事はもうないと思われます。復旧を果たした久大線と、まさに明暗が分かれました・

夜明を出ると、列車は福岡県に入ります(うきは市)

山並は途切れ、筑後平野が広がりますハチ

筑後吉井、田主丸・・と、次第に久留米に近づくにつれ、区間運転列車との離合も増え、郊外路線の様相となってきます男の子

久留米の街並がみえてきましたビル

おつかれさまでした!ゴール・久留米駅です^

 

朝、登校する高校生とともに大分駅からスタート、代行バス2便、そして由布院&豊後森での途中下車も楽しみ、そして暮れなずむ久留米駅へ、下校の高校生とともに降り立つまでをご覧頂きましたw学校

先年の豪雨で甚大な被害をうけた久大線、今年(2021)の3月に全線復旧しています。前作の豊肥線と同様、九州を横断する鉄路の響きはホント、かけがえがないと思います。日田彦山線の厳しい現実についてもチラッと書きましたが、関連事業が好調なJR九州、本業でも是非引続き頑張ってほしいと思います^グッド!

 

今作ここまでです!次作は九州シリーズ(※ひとまずの)最終回、福岡市内での小品をおおくりします。では次作まで!チューリップオレンジ