赤岩駅の廃止 (山形新幹線) | やまばと6号の写真帳(仮)

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行ってみなくちゃ判らない。 行ったつもりが一番もったいない。 

明日は JRほか交通機関ダイヤ改正の集中日。



私の気になるところでは


奥羽線:板谷峠区間にある


赤岩駅が とうとう廃止とのこと。 


「通年通過」という


措置がとられたのが 2017年。


それから4年も かたちだけでも


駅として 存在したのですから 大したもので。


その時にも 記事にして


コメントも頂きましたが、


駅を廃止にするには


乗車券の券売機のシステム変更やら


信号設備の配線変更やら


結構なコストが掛かるんだそうで


JR東も 企業ですから、


何かと抱き合わせで 修正して廃止する


タイミングを うかがっていたのでしょう。




ここは とにかくも山の中で


かつて 李平(すももだいら)宿という 


米澤街道の宿場町への連絡と


駅の下を流れる松川沿いにあった


赤岩集落のための駅だった と 聞いています。


万世大路(後の国道13号)開通による

季平が廃村になったのは 大正末期、
(赤岩駅開業は明治43年)

赤岩の集落から 人がいなくなったのは

30年以上も前。

すでに両集落地とも 自然に戻っており、

その痕跡を探るのでさえ

難しい状況となっています。

それから いままで駅が存在していたのが、

奇跡だったのでしょうか。


私が この画を撮影に訪問したのは 2015年4月。


新幹線の車内から 板谷峠のどこかで


撮ることはできないかと


窓に顔をくっつけて 外を眺めていると


在来線時代の名撮影地:松川鉄橋の


北側の防雪林が伐採されて


アプローチできそうな雰囲気が見えました。



30年ほど前に 訪問した時の


記憶もよみがえって


米沢から戻るように 現地に向かいました。



かつての駅ホーム跡に レンタカーを停めて


30年の時間の流れに ため息。 

 


 

ここは 在来線時代も 赤岩駅から


線路端を 歩くしかなかった場所で


新幹線になってからは


列車の速度が速いことと、


鉄道敷地内での撮影の考え方が


世の中的に 変わったことなどにより


私には ちょっと近づけなかった場所です。


伐採した防雪林の斜面や


放置された丸太の上を伝って


接近した松川鉄橋は


この画の位置が その時の最接近ポイント。


春だったせいもあるのか、


この時は ヘビが多くてね。


3匹は見たかな?


ヒトが構えているのに シカは近づいてくるし、


あまりにも撮影地としては ワイルド過ぎたので


上下線一本づつを撮っただけで撤収。


 

駅へ降りる林道も レンタカーの軽では厳しく、


戻る登坂では登り切れずに 空転スタック。


帰れないかと、マジ焦りました。


結局、一度下まで降りなおして


勢いをつけて登り切ったっけ。(笑)



いい思い出にはなったけど


廃駅巡りな目的でも しばらくは勘弁。(笑)

 

 

新幹線横の 白いコンクリブロックの倉庫が


在来線時代から 唯一変わらない施設かな?




今日も ご覧いただきまして


ありがとうございました。