こんにちは。
今日はNゲージ鉄道模型、KATO 113系の第5弾です。ほぼ整備終了、仕上がりました。(といいつつ記事最後にあらら?があるんですけど 笑)。
方向幕や号車番号なども入ってほぼ完成形です。
製品(KATO 10-1586~1588)は国鉄時代 1985年頃迄の姿をプロトタイプに設定していますが、私がよく乗るようになったのは90年代に入ってからなので、この頃の設定にしたいと思いました。なのでサボではなく方向幕を入れています。列番表示は757Mを選択しましたが..
これは1991年時刻表の1ページです。この時の757Mをプロトタイプに設定しようと。94年位までほぼ同時刻だったようです。←のところ、国府津で踊り子101号通過待ちの4分停があるのですが、ここで後ろ4両の付属編成が解放されていてもおかしくないよな、と考えました。確証は無いんですけど、”後ろ4両は国府津止まりです”って放送をよく聞いた記憶があるし、通勤時間帯を終えたころの下り列車ですしね。そこで基本編成11両を小田原行、付属4両を国府津行に設定しようと考えました。
そしたら製品付属のシールに小田原行方向幕が無い...マジ??
しゃーないと自作しました。インクジェット印刷によるシール作戦です。左右2種類作りました。左はチキ6000以来最近よく使っている白地のもの、右はナハネフ23テールサインやスユ44の車番表記などに使って以来出番のない半透明地のものです。
写真では分かりにくいかもですが、白地(左)は何かべたっとした感じになります。右の方がいい感じ、透明感から何となく手前にガラスがあるっぽく見えるんです。理想的にはなかなか切り出せない四隅のラウンドコーナー、僅かなカッター入れ損ないも目立たなくなります。こっちを採用しました。
製品にしっかり白地の方向幕表現がついていたからなせる業です。久々に半透明シールの出番が見つかって良かった とも..
編成内に自作 [小田原]、製品付属 [国府津]が混在するようになりました。こうして並べるとフォントが違うのがわかりますが、自作適当フォントでも雰囲気は出るかと。
付属4両編成は御殿場線内の単独運用で”国府津”行もあったかな?。分割運転でも格好がつくよう配慮した という側面もあります。
その他もチマチマ弄っています。
まずこれ、自作の室内灯を入れてKATO純正品を支えるための”棒”は不要なのでカットした件は前に書きましたが、これだと向こう側にトイレ窓がシースルーで見える、これはおかしいでしょ?
そこで1mm厚のプラ板で仕切りを付けました。左下、集電銅板のある部分です。
これで向こう側の窓は見えなくなりました。室内灯のブリッジダイオードなどがあるため、あまり高くは出来ませんでしたが..
8号車のサハ111-1015には循環式処理タンクを設置しています。1986年には取り付けられていたとのことなので。(友人が調べてくれました ありがとうです。)
製品の”直管”を切り落とし、左下、TOMIXのパーツをKATOのカプラーに干渉しないよう整形して貼り付けています。多分485系あたりに付いていたパーツだと思います。
5号車サロ110-1260にも同様に施工しました。こちらは情報無かったんですが、サハを改造してサロが未改造は無いんじゃないかな? と。
所属表記”南コツ”(軟骨? 爆)は90年代には”東コツ”に変わっていた筈ですが、これは当面そのままで行きます。国鉄→JR東日本所属になっていますがJRマークも入れません。これは好みの問題です。号車番号は製品付属シールを使いました。
こうして15両の113系整備はほぼ終了しました。前に分割運転の動画をUpしたので、今回は11+4連併結運転のShort動画を以下Upします。
(一部細かい整備が終わっていない試運転時の動画です。)
これで5回にわたったKATO 113系の入線から整備までの一連の記事は終了です。
KATO 113系入線・・・初の直流近郊形車両 [鉄道模型]
KATO 113系(2) 15両の留置線とDCCアドレスの相性? [鉄道模型]
KATO 113系(3) 先頭車連結器TN化のメリット [鉄道模型]
が、
これが最新の姿、あらら?既に4両目の車両が代わっています。2枚目の時刻表写真の下の方に書いてありますよね、これを再現にかかっています。
ということで4号車の車両入線~整備続行 になっています。製品としての整備が終わったばっかりなのに..(笑)。この件はまた改めて...。
最後までご覧いただきありがとうございました。