所有事業者:京浜急行電鉄 (東京)

仕様・用途:都市間夜行高速路線仕様

           (高速 「キャメル」 号仕様)

登録番号:品川22 か 3792

社番:S3846号車

配置:観光バスセンター

初年度登録:1988年

シャシー製造:日野自動車

搭載機関:日野EF750型

車体架装:日野車体工業

車両型式:P-RU638BB

車名:日野ブルーリボンRU・グランデッカ

撮影日:1989年7月15日 (土曜日)

撮影場所:品川バスターミナル

 

プレスリリースによりますと、3月16日を以て、東京-鳥取・米子間を結ぶ夜行高速路線バス 「キャメル」 号を廃止にするそうです。1988年の運行開始以来、33年にわたって東京と山陰を結んでいましたが、新型コロナの影響をもろに受けた格好となってしまい、昨年7月から休止していましたが、運行再開の目処が立たず、また、運行を再開したとしても以前のような需要に期待が持てないことから、今回、苦渋の選択で廃止することを決定したというもの。また、同時に京浜急行バスも 「キャメル」 を始めとして、 「ノクターン」 「ビーム1」 といった夜行高速路線バスの運行から手を引き、事実上、夜行高速路線バス事業から撤退することも発表しました。

 

私は1988年から撮りバスを始めましたけど、大仰な言い方ですが、京急の高速路線バスに育てられたようなものです。特に1980年代後半に巻き起こった夜行高速路線バスブームの牽引役として、JRバスなどとともに時代の寵児になりました。とにかく、行く先が何処であろうと、一瞬でも、開業させれば当たりまして、2000年代の高速ツアーバスブームのような勢いがあの時代にはありました。

 

京急の高速路線バスは、盆暮れに運行した東北方面への帰省バスがその源流。

新幹線が開業しておらず、航空機網が発達していなかった昭和の時代、首都圏から東北、北海道方面への移動手段は国鉄が掌握していました。それこそ盆暮れになると、昼行、夜行、特急、急行問わず、我先にと切符を求め、駅には行列が出来ていました。国鉄も臨時列車を設定して輸送にあたるのですが、臨時列車は余っている車両をかき集めるため、鈍行列車用の車両が宛がわれるのも珍しくありません。だから、冷房無しの直角シートで長時間、乗客は堪え忍ばなければなりませんでした。

 

そこに目を付けたのが京浜急行で、青森県の弘南バスと手を組み、貸切用のバスを使って臨時バスを運行しました。列車より長時間乗ることになりますが、リクライニングシートであること、冷暖房完備であること、そして何よりも列車よりもリーズナブルだということが受けて、運行時期にはこの帰省バスも大盛況となりました。

その帰省バスを定期化したのがあの 「ノクターン」 で、当時、日本最長距離の路線バスということで注目を集めました。夜行バスの元祖と言えば国鉄バスが東京-名古屋・京都・大阪間に運行した 「ドリーム号」 だというのは皆さんもよくご存じのことかと思いますし、複数事業者による共同運行方式を採用した西日本鉄道と阪急バスの 「ムーンライト」 は現在に通じる夜行高速路線バスの運行システムの礎を築いた立役者。そして 「ノクターン」 は、それまで大都市対大都市という既成概念を壊し、大都市対地方都市という新たな可能性を切り開いたパイオニアです。

 

前述のように京浜急行は1988年、夜行高速路線バスの第二弾ということで、鳥取・米子行きの 「キャメル」 号を運行します。共同運行事業者は日本交通と日ノ丸自動車という、鳥取県の二大バス会社。運行距離は約800km (米子便) と、 「ノクターン」 を上回り、日本最長距離のタイトルホルダーとなります。そしてこの 「キャメル」 の運行は別の意味で大きな意義をもたらすことになります。

先程も申したように、鳥取側の運行事業者は日本交通と日ノ丸自動車ですが、この2社はとにかく犬猿の仲で、常に敵対していた間柄でした。乗客の奪い合いや事業妨害は言うに及ばず、常に軍事衝突の一歩手前までいっていました。その状況に変化が生じたのが 「キャメル」 で、運行開始までは 「あの2社を絡めて大丈夫か?」 という心配の声が多数あったとされていますし、実際に開業までは擦った揉んだあったとのこと。しかし、京急が間に立ち、何とか取りなして開業させたわけですが、気がつくと敵対心は徐々に薄れていき、次第に率先してタッグを組むようになりました。それも 「キャメル」 があったからこそです。

 

京急側は通常は三菱ふそうなんだけど、用意した2台は日ノ丸自動車に合わせて日野でした。1台は画像の 「砂丘」 カラー。もう1台 (S3847号車) は白地に赤と黄色と青の波線模様をデザインしたもの。これは後々、京急高速バスの標準カラーとして定着しますが、その始まりは 「キャメル」 でした。他にも 「ビーム1」 や 「エディ」 で共同運行事業者に合わせて日野を導入した経緯があります。今は日野が中心になっているみたいですけどね。なお、日本交通はふそうのディーラーが傘下にあったため、スーパーエアロを導入しましたけど、今は日本交通も日野を導入しています。世の中、わからないものです。

 

画像は品川バスターミナルで撮った、京急の初代 「キャメル」 専用車になりますが、今、品川バスターミナルは品川プリンスホテルの前に移転しちゃったそうですね。ただ、コロナの関係で全ての夜行高速路線バスは運行を休止している状況なので、新しいバスターミナルからバスは発着していないみたいですが、 「キャメル」 の廃止と京急の夜行高速路線バス事業からの撤退は、他のバス会社にも少なからず影響を及ぼすのは必至です。

 

【参考文献・引用】

ウィキペディア (キャメル号、品川バスターミナル)