2020年1月末のNS38・47の定期運用離脱に始まり、ひのとりこと80000系の導入に伴う
アーバンライナーの名阪乙特急・名伊特急への転用、その玉突きという形で汎用特急車が
それ以外の系統に転用されたこと、また、昨今の社会情勢を受けて特急列車の運用が削減されるなど、
様々な事象が重なる中運用を続けてきた12200系ですが、
2月12日橿原神宮前23:21発大和西大寺行き特急(大和西大寺23:41着)の
運行をもって定期運行が終了となりました。
ひのとりの運用数増加までは名阪系統でも1日数往復運転されており、
NS34・50・56、2両編成のN53・54も運行入りしていましたが、
ひのとりの8両運転開始以降は4連3本(NS39・49・51)が京橿・名伊特急を
主体として運用されていました。
2月13日から名阪甲特急がひのとりに、乙特急がアーバンライナーに
統一されることとなったため、その前日となる2月12日をもって
定期運用から離脱することとなりました。
2020年2月1日に改正施行された健康増進法に基づき、喫煙室の使用が
不可能となり、一部編成が再整備の上運用を継続していましたが、
それからほぼ1年ですべての編成が定期列車から撤退となりました。
また、特急車両新塗装の対象から外れたことで、周囲の車両が
新塗装化される中、近鉄特急2代目の塗装を常に保っていました。
今回、管理人は京橿系統の定期最終便の様子を記録しました。
橿原神宮前行き特急2219レ(京橿系統下り最終)
名古屋線内で発生した人身事故の影響で本来であればすでに出発している
新田辺行き各停が在線していたため、両者の並びが実現しました。
大和西大寺行き特急(京橿系統上り最終)8318レ
スナックカーで運転された最後の列車でしたが、
乗客で完全に埋まる、ということはありませんでした。
双方とも大和八木での撮影となりました。
名伊に関しては撮影していませんが、人身事故の影響で
数分の遅れが発生したものの、終点名古屋まで運転されたようです。
1970年の導入に始まり、名阪ノンストップ特急への充当、
そしてお召列車への充当などの輝かしいともいえる経歴を持ち、
また、新世代の車両と比較して設備や性能は見劣りするものの、
内装更新実施および120㎞/h化に対応したことで他の車両と
ほぼ同等ともいえる環境を確保し、アーバンライナー登場後は
名阪乙特急やそれ以外の都市と観光地を結ぶ役割を長きにわたって
活躍を続けてきた12200系。
長い旅路もついに終わりを告げようとしています。
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