乗車路線:紀勢本線,伊勢鉄道,関西本線

乗車区間:紀伊勝浦0855発→名古屋1241着

乗車列車:南紀4号(3004D)

乗車車両:海ナコ85系キロハ84‐1(グリーン車指定席2号車1番D席)

座席種別:グリーン車指定席

 

去年の9月16日のことになりますが、JR東海は紀勢本線を走る「南紀」の編成を見直す(=減車)ことを発表しました

具体的には、これまで半室グリーン車のキロハ84形を編成中に組み込んだ4両編成で運行していましたが、これをモノクラス編成に改めた上で、旅客需要に合わせて最短2両で運行するというものです

 

かねてより「南紀」のグリーン車については、最繁忙期であっても満席になることは滅多にありませんでした

私自身、「南紀」についてはGWや年末年始によく利用していましたが、グリーン車が満席になっているのをこれまで1度も見かけたことはありません

 

高速道路の延伸に加えて少子高齢化や尾鷲にある中部電力の発電所が閉鎖されてこともあり、「南紀」の乗車率が芳しくないことはある程度予想がついていましたが、”最短2両”という事実には驚きを禁じ得ません

通常、こうした編成の見直しは春のダイヤ改正と同時に実施されることが多く、この時期に編成が見直されるのは異例中の異例といえます

 

新型コロナウイルスの影響で鉄道各社が大きく輸送量を落とすなか、東海道新幹線を抱えるJR東海も例外ではありません

「南紀」の編成を短縮することで、どれほどの経費削減効果があるのかは分かりませんが、JR東海のなりふり構わない姿勢だけは伝わってきます

 

思い返せば、これまでにも「南紀」からグリーン車の設定が廃止されたことがありました

01年のダイヤ改正の際には、それまで「南紀」専用として連結されていたキロ85形が「ひだ」にコンバートされ、モノクラス3両での運行になったことがあります

 

ただ、その時は繁忙期にキロハ84形が連結される救済措置がとられていましたが、今回は通年でグリーン車の設定が廃止されました

「南紀」を利用する度に、もしかしらいつの日かまたグリーン車の設定が無くなるのではないかと危惧していましたが、それが現実のものとなってしまいました

 

数年後にはキハ85系からHC85系への置き換えを控えている「南紀」ですが、利用客数が漸減傾向にあることを考えると、残念ながら今後グリーン車が復活する可能性は低いと言わざるを得ません

「南紀」のグリーン車であるキロハ84形には、これまでに1度乗ったことがありますが、尾鷲から松阪まで1時間ほどの乗車だったため、今回改めて乗車してみることにしました

 

せっかく最後なので、グリーン料金は嵩みますが紀伊勝浦から名古屋までグリーン車で乗り通したいと思います

グリーン券を指ノミ券にして、紀伊勝浦→新宮もしくは桑名→名古屋を自由席利用にすれば、グリーン料金は200㎞以内の2800円に収まるのですが、紀伊勝浦→名古屋となると400㎞以内の料金が適用されるためグリーン料金だけで4190円にもなるのでお財布には優しくないですね

 

ちなみに、葬式鉄が殺到する最終日はいつも避けているのですが、なかなか休みが取れなかったので、幸か不幸か「南紀」のグリーン車営業最終日である10月31日に乗ることになりました

 

 

ということで、朝日のまぶしい紀伊勝浦駅へとやって来ました

かつては、紀伊勝浦方にパノラマ型グリーン車であるキロ85形を組み込んだ4両編成で運行されていたのも今は昔で、明日からは編成はモノクラスとなり、最短2両での運行も始まります

 

 

いまは名古屋方が1号車になっている「南紀」ですが、かつては紀伊勝浦方が1号車となっていたので、キハ85系が投入された当初とは号車番号が逆に振られています

ちなみに、この日のグリーン車はキハ85系の中で1988年に先陣を切って製造されたトップナンバー車が連結されており、まさに最終日に相応しい引き立て役といえそうです

 

 

トップナンバー車ということは、つまり量産先行車なので号車・座席種別表示はLED式となっています

視認性の問題があったのか、量産車では採用が見送られているので、外観で一番の相違点となっています

 

車体に表示されている大ぶりな四つ葉のクローバーが、他の車両とは違うことを主張しているようです

昨今の車両では、このグリーン車の象徴である四つ葉のクローバーがずいぶん小振りになっている車両も多いなか、この車両が登場したJR初期の時代背景が窺えます

 

 

それでは、車内へ足を踏み入れます

さほど、古さを感じないデザインで、グリーン車(室)のみ客室ドアにくり抜かれた窓が円形になっており、これが普通車には無い特徴となっています

 

さて、車内に一歩足を踏み込むと、車体に染み込んだディーゼル臭が鼻腔をくすぐります

排気ガスと機械油の混ざったような香りは、旅をするにあたって気分を高揚させる最高のスパイスですね

えぇ、こんなことを書いていれば、もはやただの変態ですが、メカフェチとしてはとても心をくすぐられます

 

 

室内に一歩足を踏み入れると、2&2の横4列配置でCR37形座席がずらりと並んでいます

同じくJR東海の在来線特急車両では、「しなの」用の383系も横4列配置となっていますが、座席の形状はまったく異なるものとなっています

 

いまでは横3列配置のグリーン車も多く見られるようになりましたが、いままさに私が乗車しているキハ85系の量産先行車が登場したのは1988年末のことです

高品質・高品位を謳ったJRグループの特急用車両としては、当時はまだ783系しか登場しておらず、横4列のグリーン車もまだまだ多く残っていた時代なので、この車両の座席配置は責められるべきではないでしょう

 

ホームでカメラを振り回している鉄ちゃん風の人が他にもいたので、てっきり今日限りで歴史の彼方へと消え去ってしまう「南紀」のグリーン車が目当てかと思いきや、意外や意外に紀伊勝浦からこの車両に乗り込んだのは私1人だけでした

この日は、283系で運行されている「くろしお」16号が大阪方にクロ283形を連結した逆イルカ編成での運行だったので、そちらが目当てだったのかもしれません

 

紀伊勝浦駅を朝に発つこの「南紀」4号に大阪や名古屋から乗ろうと思うと、新宮市や那智勝浦町近辺で前泊する必要があるのでハードルが高いのかもしれません

いくら紀伊勝浦駅出発時点で貸切とはいえ、グリーン車連結最終日とあって、この先名古屋に近づくにつれて混んでくると思うので、とりあえず誰もいないうちに恒例の座席チェックを済ませておこうと思います

 

 

 

キロハ84形の車内は、横4列の座席が8列配置されており、グリーン室部分の定員は32人となっています

一般的に、半室グリーン車といえば定員15人前後の車両が多く、客室も狭いのが普通ですが、この車両の場合は広々としています

ちなみに、日本各地に半室グリーン車を備えた合造車は数あれど、このキロハ84形の定員32人を超える車両は無く、故にこの客室は”日本で一番定員の多い半室グリーン車”となっています

 

 

シートピッチは1160mmで、付帯設備として背面テーブル,インアームテーブル,フットレストを備えています

 

この車両の特筆すべき点として、カーテンが二重になっていることが挙げられます

グリーン車であっても、ロールカーテンで済ませてしまう不届きな車両が多いなか、当時のJR東海の真面目さがひしひしと伝わってきます

 

 

さて、このCR37形座席ですが、横4列ということもあって、低く評価されることが多いものの、実際に座ってみるとかなり快適です

 

普通席と比べてバックレストは明らかに大きく、この点だけでもグリーン車を選ぶ価値はあります

リクライニングも深々と倒れますし、何よりも後述するように単なるバー型でしかない普通車のフットレストと比べてもグリーン車のそれは靴を脱いで移動のひと時を気楽に過ごすことができます

 

キハ85系の場合は、普通車であってもフットレストが設置されていて、セミハイデッキ構造で床にはカーペットが敷かれているので、正直に言って格差は薄いです

しかも、同じくキハ85系には横3列座席を備えたキロ85形があるため、この車両の存在意義がよく分からないとも言われますが、紀伊勝浦から名古屋まで4時間近く乗り通すと、やはり普通席よりも快適で寛ぐことができます

 

 

このCR37形座席の一番の特徴は、このフットレストかもしれません

フットレストの裏面(素足用)は、板面部分のみならずフレーム全体がモケットに覆われていて、ゆったりと足を置けるようになっています

 

これが大変快適なのですが、他の車両では一切採用例が無く、なぜかCR37形座席でしかお目にかかることのできないレアアイテムとなっています

ただし、角度が固定されているので、写真で見ても分かるように土足面は角度が急過ぎて、用を成していないのが欠点といえます

 

 

ちなみに、この座席ですが遠くから見るとなんとなく緑っぽいのですが、近くでよく見ると何色と表現していいのか分からない不思議な色合いをしています

茶色、緑、黒が規則的なストライプ模様になっており、それが折り重なって遠目からは緑っぽく見えるようです

 

 

座席間のアームレストは、普通席と同じように跳ね上げることが可能です

実際に座ってみると横幅が少し狭く感じるので、隣に誰も来なければ、このような使い方をしてもいいかもしれません

 

 

この角度から見ると、座席幅と通路幅がギリギリの妥協点を探って設計されたことがよく伝わってきます

かつては、オーディオサービスが提供されており、アームレストに操作パネルがありましたが、既に撤去されて久しいですね

 

 

車端部に面した座席には、構造上背面テーブルを設けることは不可能なので、その代わりに大型の折り畳み式テーブルが設けられています

横4列配置の弊害なのか、通路側に寄せてスレスレに配置されたフットレストからは、設計陣の苦労が伝わってきます

 

 

網棚には、角度を変えることもできる読書灯が設置されています

網棚の造形は、かつての「スーパーくろしお」用のクロ380形や急行「はまなす」のドリームカーにもよく似た、1990年前後に流行したスリット状のものになっています

 

 

 

キロハ84形のグリーン室側には、洗面所とトイレが設置されています

洗面所はいまとっては当たり前のセンサー式蛇口となっていますが、これもデビュー当初は画期的な装備だったはずです

 

トイレは洋式となっていますが、さすがに温水洗浄便座は装備されていません

なお、キハ85系が製造された当初は、キロハ84形とキロ85形にだけ洋式トイレが設置されていましたが、いまでは改造によって洋式化が進み、逆に和式トイレを見つける方が難しくなっています

 

 

四日市を発車した後に、少し車内を散策してみたのですが、驚いたことに4号車が無人でした

いくらコロナ禍とはいえ、GoToトラベルで各地の観光地が活況を呈していた10月末の土曜日でさえ寥寥たる様相を呈しています

 

松阪や津からは近鉄特急の方が便利ですし、熊野市や尾鷲からの利用は高速道路に流れているなか、この列車の現況はかなり厳しいものがあるのかもしれません

営業中の列車でこれだけ何の苦労もなく客室全景が撮れてしまうあたり、どうしても「南紀」の明るい未来を想像することはできません

 

ちなみに、紀伊勝浦発車時点では貸切だったグリーン車も最終日とあって、各停車駅で数名の同士が乗ってきましたが、昨今の葬式鉄で荒れるような雰囲気とは程遠い平和なものでした

裏を返せばそれだけ「南紀」という列車そのものがマイナーで注目度が低いのかと思っていましたが、松阪と津からはかなりの乗車があり、にわかに車内は活気づいてきました

 

みな一様に首からゴツいカメラを引っさげた同士ばかりだったのですが、驚いたことに津から乗車して四日市で下車した2人組がいました

決して葬式鉄というわけではなく、どうやら足が不自由な人とその介助者だったようで、わずか20分ほどの乗車とはいえ、座席周りに余裕があるのでグリーン車を選んだのでしょう

 

ただ、伊勢鉄道線内はグリーン料金が設定されていないはずなので、津→四日市を利用する場合のグリーン料金は果たしていくらだったのでしょうか?

「南紀」のグリーン車が無くなったいまとなっては確かめる術はありません

 

 

紀伊勝浦を発車してから4時間弱で、終点の名古屋に到着しました

せっかく「南紀」のグリーン車に乗ったので、名古屋到着後に急いで記念の1枚に撮った写真ですが、この”名古屋”の表示だけだと「ひだ」なのか「南紀」なのか分かりませんね

 

 

ということで、乗車口案内の写真も抜かりなく撮影しておきました

「南紀」からグリーン車が無くなる…、それはつまりグリーン車を連結しているディーゼル特急が一つ姿を消すことも同時に意味しています

 

 

名古屋駅では「南紀」4号が到着してから、「ひだ」11号が発車するまでの7分間だけキハ85系の共演を見ることができました

当初、「南紀」用として製造されたキロ85形も「ひだ」へ転用されてから20年ほどの歳月が経過し、私の中でも「南紀」の運用に就いていた頃の記憶は忘却の彼方へと消えつつあります

 

 

LED発車標にスクロールされる「グリーン車は、2号車」ですという一文も今日限りで見納めとなります

よく利用していることもあって、「南紀」のグリーン車にはあまり注目していなかったのですが、こうして日常を記録することの大切さを改めて痛感させられました

 

 

 

私の乗ってきた「南紀」4号の折り返しとなる「南紀」5号の発車を見送りましたが、グリーン車を組み込んだ4両編成の姿は堂々たるものでした

名古屋から紀伊勝浦まで乗り通すと4時間弱となることから、ゆったり寛ぐことのできるアッパークラスに存在価値はあるはずですが、需要そのものが無ければ連結していても無意味ですよね

 

車両数は減ってしまいましたが、なんとか本数だけは現状維持なのがせめてもの救いでしょうか?

ただ、相変わらず名古屋発の定期列車については、12時58分発の「南紀」5号から19時47分発の「南紀」7号まで、実に7時間近くも間隔が開いており、不便極まりない状態がずっと続いています

 

本当は運転間隔を調整したり、本数を増やしたりすることができれば理想なのですが、利用者が漸減傾向にあっては、それもままなりません

さて、キハ85系の後継車両としては、ハイブリッド方式を採用したHC85系が2022年度から投入されます

 

いま現在、量産先行車としてグリーン車の連結された4両1本のみが試運転を行っていますが、量産車では「ひだ」用の付属編成及び「南紀」用にモノクラス2連も製造されるのではないでしょうか?

「南紀」の乗車率を考えると、残念ながらHC85系の導入に際してグリーン車が復活するようには到底思えません

 

確かに、鉄道が陸の王者であった時代は遠い過去の話となりました

だがしかし、2両で寂しく走る「南紀」の姿を見ると、かつてディーゼル特急時代の「くろしお」がグリーン車2両に食堂車まで組み込んだ編成で名古屋駅を発着していた時代があったことを想像することさえ困難です

 

高速道路の延伸に少子高齢化、さらには尾鷲市の火力発電所も撤退し、頼みの綱のインバウンド観光客はコロナで壊滅状態とあっては、今回の減車は仕方ないと思います

 

ワイドビュー南紀号グリーン車惜別乗車記を最後までご覧下さいありがとうございました

3ヶ月も前の乗車記がようやくいまになって仕上がるあたり、相変わらずの超マイペースブログですが、また今度から新たな乗車記シリーズを書いていく予定となっています