1960年頃の私鉄標準気動車

 鉄道車両は受注生産であり、見込みで生産された鉄道車両が店舗に並ぶということはありません。鉄道事業者(いわゆる鉄道会社)がメーカに「こんな仕様の車両を製造してください」と注文するわけですが、鉄道事業者としては自社の個性や特徴を出そうとします。

 一方、メーカとしては鉄道会社ごとに全く異なるものを製造していたら大変なことになります。注文数が一般の工業製品などと異なり桁違いに少なく、1形式で数10両も生産したら「量産」という言葉が使用されるような分野です。注文が来るたびに無の状態から新設計して、設備も毎回それに適合したものを準備して…などということをやっていたら生産効率が悪くてかないません。さらに、次のような問題や課題が生じます。

 (1)仕様決定に際しての事務処理増加
 (2)部材調達の煩雑さ増加
 (3)品質(安全性、信頼性)確保困難さの増加
 (4)保守用品の種類増加
 (5)製品互換性の減少
 (6)相互直通運転や併結時の制約増加

 上記の(1)~(6)は相互に絡み合っていますが、いずれも最終的には経費の増大を招き、メーカだけでなく鉄道事業者の経営も圧迫します。これらの問題・課題を抑制するためには、製品の種類を限定すると共にあらかじめ設計しておいたものから選ぶというやり方が効果的です。いわゆる標準化です。

 実は鉄道車両の車種ごとに、そして時代ごとに、「標準車両」「規格型車両」と称するものが登場しています。近年の例ではJRIS R 1001:2003「鉄道車両-通勤・近郊電車の標準仕様ガイドライン」が有名ですね。もちろん、昔にもこの類のものがありました。1947~1948年の「運輸省規格型電車」、電車改善連合委員会による1955年の「私鉄標準電車」などです。後者は成果として、車体よりも台車、主電動機などが標準化の中心でした。

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写真1 関東鉄道キハ800

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写真2 同和鉱業小坂鉄道キハ2100

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写真3 同和鉱業小坂鉄道キハ2100

 それなりの成果を出した「私鉄標準電車」に続き、今度は気動車に関しても同様の動きが出てきました。それが「私鉄標準気動車」です。委員の一人に常総筑波鉄道(のちの関東鉄道)の方がいたため、私鉄標準気動車の第1号は常総筑波鉄道のキハ800となりました。それに続いて同和鉱業小坂鉄道キハ2100も製造されましたが、その後が続かずに終わってしまいました。

 もともと気動車は両数が少ないため標準化による量産化効果など見込めず、その一方で鉄道事業者は冒頭に記したように個性を出そうとします。常総筑波鉄道自体、キハ800の2年後には全く別車体のキハ900を新製したのでした。

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写真4 関東鉄道キハ900

 車体に関しては標準化されなかった1960年頃の私鉄気動車ですが、下回りの部品に関しては結果として標準化が進んでいました。ディーゼル機関や変速機などは設計開発が大変であったがゆえに、同系列のものを使い続けることになってしまっていたのです。

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ちかてつ
さかてつでした…