1月2日は、永田町から池袋まで、東京地下鉄(東京メトロ)有楽町線の7000系の7101Fによる、石神井公園行き🚃🚇Ⓜ️に乗りました。

今回乗った7101Fは、土休日77S運用(有楽町線の運用)の後半で、新木場駅を19時53分に発車し、各駅に停車してから西武池袋線の石神井公園駅に向かう列車であり、この日に東武東上線の森林公園駅にも乗り入れていました。

有楽町線は、1974(昭和49)年10月30日に池袋~銀座一丁目間が開業したのが始まりで、当時は、7000系の5両編成が使われていました。

銀座一丁目駅は、その名の通りの銀座一丁目にある駅で、麹町駅と同様に狭い道の地下にある為に、上下二層式となっているけど、開業当時は、上部の1番線(現在の新木場方面乗り場)が主に使われ、ラッシュ時には、上部の1番線と下部の2番線(現在の池袋、和光市方面の乗り場)が交互での発着となっていたので、終着駅だった頃の都営地下鉄6号線→都営三田線の三田駅に似ているところがありました。

これによって、池袋~銀座間のバイパスルートが出来たことにより、丸ノ内線の混雑が緩和されていました。

千代田線は、日比谷線の混雑緩和により出来た路線であるので、有楽町線と同じ役割があります。

当時の車両基地は、飯田橋駅付近の地下にあった飯田橋検車区(2代目)が暫定的に使われ、大掛かりな検査の時に桜田門~霞ケ関間の連絡線経由で綾瀬工場まで回送されていました。

初代の飯田橋検車区は、1964(昭和39)年12月23日の高田馬場~九段下間の開業の時から、1967(昭和42)年9月14日の大手町~東陽町間の開業に伴う深川検車区の新設までの間に使われていたものであり、こちらは飯田橋~九段下間の地下にありました。

開業当初は、池袋駅と銀座一丁目駅に自動改札機が試験的に設置されていたけど、試験が終了した後に撤去され、1990年代に再び設置されるようになっています。

1980(昭和55)年3月27日に新富町駅まで延長され、銀座一丁目駅が途中駅(上部が新富町行き乗り場)となったけど、5両編成のままでありました。

1983(昭和58)年6月24日には、営団成増(現、地下鉄成増)~池袋間が開業し、5両編成から現在の10両編成へ。

当時は、営団成増駅が東武東上線の成増駅への乗換駅扱いとなっていたので、1972(昭和47)年10月20日に千代田線の霞ケ関~代々木公園間が開業し、1978(昭和53)年3月31日に代々木上原駅まで延長されるまでの間に代々木公園駅が、小田急線の代々木八幡駅への乗換駅扱いとなっていたことと同様でありました。

1983年の10月1日には、西武有楽町線の小竹向原~新桜台間が開業したことにより、乗り入れが開始されていました。

当時の西武有楽町線は、他の西武線の路線と繋がっていなかった為に、営団地下鉄(当時)の車両が借り入れられていたので、西武線の路線よりも、営団地下鉄有楽町線の新桜台支線のイメージが強かったです。

このことは、半蔵門線で、1978年8月1日の渋谷~青山一丁目間の開業の時から、1981(昭和56)年4月1日の8000系の営業運転開始までの間、全て東京急行電鉄(現、東急電鉄)の8500系が借り入れられていたことと同様でありました。

1987(昭和62)年8月25日には、和光市~営団成増間が開業し、東武鉄道東上本線(東武東上線)との森林公園駅までの直通運転が開始され、東武鉄道の9000系も乗り入れるようになっていました。

こちらは、営団地下鉄にとって、東西線の浦安~西船橋間(千葉県浦安市、市川市、船橋市)に続く2番目の東京都外への路線であり、埼玉県(和光市)にも進出したことになっています。

同時に有楽町線初の本格的な車両基地である和光検車区が新設され、これまでの飯田橋検車区が留置線に格下げされていました。

飯田橋の留置線は、1996(平成8)年3月26日の南北線の四ツ谷~駒込間の開業により、有楽町線と南北線を繋ぐ線路の役割を果たすようになっています。

前述の東西線の初代飯田橋検車区の跡地も、留置線として使われています。

当時は7000系が非冷房車であった為に、冷房化率100%だった東武東上線の和光市~川越市間に乗り入れた時には、1994(平成6)年の7000系の冷房化が完了し、再び冷房化率100%となるまでの間に、非冷房車が復活していたので、夏場にはサービスダウンを余儀なくされていました。

こちらは、1993(平成5)年4月1日に、京浜急行電鉄(京急)空港線が羽田(現、天空橋)駅まで延長された時に非冷房車だった都営浅草線の5000形が乗り入れたことで一時的に非冷房車が復活していたことにも言えることでありました。

翌年の1988(昭和63)年6月8日には、新富町~新木場間が開業し、有楽町線が全通していました。

新木場駅の先にある新木場検車区(現在の和光検車区新木場分室)が出来たのも、この時でありました。

これによって新富町行きが廃止されたので、東武9000系の新富町行きの表示は、10ヶ月程度しか見られなかったです。

9101Fを含めた東武9000系の方向幕車が有楽町線に乗り入れていた頃は、誤乗防止によって、黄色い行先表示となっていました。

こちらは、かつて存在していた京王電鉄の6000系で、都営新宿線乗り入れの時に緑色の行先表示が出ていたことに似たような状態でありました。

1994年12月7日には、現在の副都心線の一部となっている有楽町新線(小竹向原~新線池袋(現在の副都心線池袋駅)間)が開業し、日中の和光市~小竹向原間の運転間隔が6分に統一されていました。

当時の有楽町新線は、要町、千川の両駅が通過扱いで、新線池袋駅が丸ノ内線と繋がっていなかったです。

同時に西武有楽町線の新桜台~練馬間が下り線部分の単線運転で暫定開業し、他の西武線と線路が繋がったことによって、西武有楽町線らしい路線となり、西武6000系の有楽町線乗り入れが開始されていました。

これまでは、新桜台行きが運転されていた絡みにより、日中の和光市~小竹向原間で12分も開いていたこともあったけど、有楽町新線の開業によって解消されていました。

1994年12月7日は、羽生結弦選手の生誕日でもあります。

1998(平成10)年3月26日には、西武有楽町線の新桜台~練馬間の複線化により、西武池袋線との直通運転が行われるようになり、西武6000系の乗り入れ運用が拡大されていました。

これによって、西武有楽町線が地下鉄有楽町線と西武池袋線を繋ぐ路線として機能するようになったのであります。

2004(平成16)年4月1日には帝都高速度交通営団(営団地下鉄)の民営化により、東京メトロこと東京地下鉄🚇Ⓜ️となり、営団成増駅が地下鉄成増駅に、営団赤塚駅が地下鉄赤塚駅にそれぞれ変更されていました。

東京メトロとなった後の2008(平成20)年6月14日には、副都心線(池袋(旧、新線池袋)~渋谷間)が開業し、有楽町新線が副都心線に編入されたと共に、要町、千川の両駅にも停車するようになり、和光市~小竹向原間が有楽町線と副都心線の共用区間となっています。

当時は、有楽町線で準急運転(和光市~池袋間で、途中の小竹向原駅のみ停車し、池袋~新木場間は各駅停車となっていた)が行われていたけど、副都心線の急行と被っていたことで評判が良くなかったことにより、同年11月29日に減便され、2010(平成22)年3月6日の改正で廃止されていました。

2013(平成25)年3月16日には、東急東横線の渋谷~代官山間の地下新線への切り替え(地下化)により、副都心線と東急東横線、みなとみらい線の元町・中華街駅までの直通運転が開始されたことで現在に至っています。

東京メトロ有楽町線の路線

(東武東上線、森林公園駅まで直通運転)←和光市~地下鉄成増~地下鉄赤塚~平和台~氷川台~小竹向原~千川~要町~池袋~東池袋~護国寺~江戸川橋~飯田橋~市ケ谷~麹町~永田町~桜田門~有楽町~銀座一丁目~新富町~月島~豊洲~辰巳~新木場

東京メトロ副都心線の路線

(東武東上線、森林公園、小川町駅まで直通運転)←和光市~地下鉄成増~地下鉄赤塚~平和台~氷川台~小竹向原~千川~要町~池袋~雑司が谷~西早稲田~東新宿~新宿三丁目~北参道~明治神宮前〈原宿〉~渋谷→(東急東横線経由、横浜高速鉄道みなとみらい線の元町・中華街駅まで直通運転)

副都心線から小川町駅(埼玉県)への直通運転は、土休日の朝の3本(小川町行き)のみとなっています。

西武線直通列車は、有楽町線、副都心線共に小竹向原駅から分岐しています。

副都心線の急行の停車駅

和光市~小竹向原~池袋~新宿三丁目~明治神宮前〈原宿〉~渋谷

通勤急行(平日の朝と夕夜間のみ運転)の停車駅

和光市~地下鉄成増~地下鉄赤塚~平和台~氷川台~小竹向原~池袋~新宿三丁目~渋谷

急行と通勤急行は、西武線直通列車にもあるけど、西武線直通の通勤急行は、急行とは異なり明治神宮前〈原宿〉駅が通過となっています。

地上にある駅は、和光市、新木場の両駅であり、和光市駅は、東武鉄道による管理となってます。

車両基地は、和光市(和光検車区)、新木場(新木場分室)であり、全般検査や重要部検査は、南北線の9000系と同様に、千代田線の綾瀬工場で行われることになっているので、桜田門~霞ケ関間の連絡線路を通って行くことになります。

麹町駅と銀座一丁目駅は、前述の通りの上下二層式の地下駅で、どちらも1番線(新木場方面)が上、2番線(池袋、和光市方面)が下で、右側のドアが開くことになっているので、都営大江戸線の六本木駅に似ているところがあります。

副都心線の東新宿駅も上下二層式の地下駅であり、1,2番線(新宿三丁目、渋谷方面)が上、3,4番線(池袋、和光市方面)が下となっているので、有楽町線の麹町、銀座一丁目の両駅との共通点があります。

東京メトロの駅で上下二層式となっている駅は、麹町、銀座一丁目、東新宿の各駅のほか、銀座線と丸ノ内線の赤坂見附駅、東西線の神楽坂駅、千代田線の町屋、西日暮里、千駄木、根津の各駅、半蔵門線の住吉駅も挙げられています。

そのうちの千代田線の町屋駅のトイレ🚻は、センターまちや、京成線の町屋駅、都電の町屋駅前停留場側(北千住寄り、0~2番出入口側)が改札内の男女別(こちらは同じフロアとなっている)🚹🚺で車椅子対応の多目的トイレ(だれでもトイレ)🚻♿🚽も併設されているけど、荒川改札側(西日暮里寄り、3番出入口側)のほうは、男性用🚹が地下2階(改札内、1番ホーム(大手町、代々木上原方面乗り場)、女性用🚺が地下1階(改札外)と変則的な配置となっているので注意が必要⚠️であります。

こちらは千代田線の駅だけど、東京メトロの町屋駅にはこのような変則的なトイレ🚻があるということで話題にしました。

日比谷線の三ノ輪駅の3番出入口(地上駅舎)側のトイレ🚻は、男女別の通常トイレ🚹🚺と車椅子対応の多目的トイレ(だれでもトイレ)🚻♿🚽から成っているけど、女性用🚺とだれでもトイレ🚻♿🚽が1階で、男性用🚹だけが階段上(2階)にあるので、こちらも変則的なトイレ🚻であります。

銀座一丁目駅の1番線の新木場寄りには、トイレ🚻に至る階段があるけど、そこを上れば改札内トイレ🚻の前に出られるだけであり、そこから改札口に抜けることも出来ます。

銀座一丁目駅のトイレ🚻は、改札外にもあり、こちらは、車椅子対応の多目的トイレ(だれでもトイレ)🚻♿🚽も併設されています。

西武鉄道の40000系ライナー仕様車によるS-TRAIN(全席指定)🚃💺は、平日が有楽町線直通(所沢→豊洲、豊洲→小手指間)、土休日が副都心線、東急東横線・みなとみらい線直通(元町・中華街~飯能、西武秩父間、元町・中華街→所沢間)で運転されており、東京メトロの駅での途中停車駅は、平日が有楽町、飯田橋の両駅(小手指行きは乗車、豊洲行きは降車)、土休日が新宿三丁目、池袋(降車専用扱い)であり、東京メトロ線だけでの乗車が出来ないようになっています。

乗換駅

和光市 東武東上線(川越市、森林公園、小川町方面へ直通運転)

小竹向原 有楽町線⇔副都心線、西武有楽町線(練馬、小手指、飯能方面へ直通運転)

池袋 有楽町線⇔副都心線、丸ノ内線、JR(山手線、埼京線、湘南新宿ライン(横須賀線⇔宇都宮線、東海道線⇔高崎線))、東武東上線、西武池袋線

東池袋 東京さくらトラム(都電荒川線、東池袋四丁目停留場)

飯田橋 東西線、南北線、都営大江戸線、JR中央・総武緩行線

市ケ谷 南北線、都営新宿線、JR中央・総武緩行線

永田町 半蔵門線、南北線、銀座線・丸ノ内線(赤坂見附駅)

有楽町 JR(山手線、京浜東北線(日中は快速運転の為通過))、日比谷線・千代田線・都営三田線(日比谷駅)

銀座一丁目 銀座線・丸ノ内線・日比谷線(銀座駅、地上連絡)

新富町 日比谷線(築地駅、地上連絡)

月島 都営大江戸線

豊洲 新交通ゆりかもめ

新木場 JR京葉線、東京臨海高速鉄道りんかい線

雑司が谷 東京さくらトラム(都電荒川線、鬼子母神前停留場)

東新宿 都営大江戸線

新宿三丁目 丸ノ内線、都営新宿線

明治神宮前〈原宿〉 千代田線、JR山手線(原宿駅)

渋谷 銀座線、半蔵門線、東急東横線(横浜経由、元町・中華街駅まで直通運転)、東急田園都市線、JR(山手線、埼京線、湘南新宿ライン(横須賀線⇔宇都宮線、東海道線⇔高崎線)、相鉄・JR直通線)、京王井の頭線

2018(平成30)年3月17日には新富町駅が日比谷線の築地駅、昨年6月6日には、銀座一丁目駅が銀座線・丸ノ内線・日比谷線の銀座駅との乗り換え駅として認定されるようになったけど、どちらも一旦地上に出てからの乗り換えとなります。

7000系は、1974年から1989(平成元)年までの間に、10連34本340両が日本車輌製造、東急車輛製造(総合車両製作所横浜事業所の前身)、川崎重工業(Kawasaki)、近畿車輛の各社で製造されていたけど、当初は黄色の帯となっていました。

1974年に導入された7101~7119Fと、1980年の新富町延長の時に導入された7120Fは、5両編成として落成した初期型であり、2018年11月まで千代田線で活躍していた6000系の初期型と同様に、田の字型の窓となっていました。

1983年6月の営団成増延長の時に後期型(1段窓)である7121~7126Fが10両の編成単位で導入され、5両編成だった7101~7120Fに後期型の中間車が入れられた上で10両化されていました。

1987年の和光市延長の時に7127Fが、1988年の新木場延長の時に7128~7132Fがそれぞれ導入されていたけど、後者のほうは初の冷房車でもあります。

1989年には、輸送力増強用として最終増備車である7133Fと7134Fが導入されて34本340両が出揃っていました。

1998年の西武線乗り入れの時に西武ATSの取り付けと前面、側面表示のLED化が行われていたけど、B修繕が行われていなかった初期型編成に関しては、幕式の表示のままで、西武線に乗り入れない運用に限定されていました。

この時に7000系の初期型編成の側窓が田の字型から1段窓になっていたけど、6000系に関しては、田の字窓のまま更新された編成も含まれていたのであります。

2008年から2010年に、7000系が副都心線乗り入れ対応に改造され、黄色の帯から10000系に準じた茶色と黄色の帯に変更されていました。

初期型の一部と7127F以降の後期型は、東急東横線、みなとみらい線で各駅停車に対応させる為に8両編成に短縮されたので、10000系と同様の有楽町線、副都心線兼用の10両編成、副都心線専用の8両編成に分けられるようになっています。

運転台のほうは、東急電鉄への直通により東急方式のT字型ワンハンドルマスコンに交換されていました。

改造された編成は、10両編成が7101,7102,7104,7105,7110,7118Fの6本、8両編成が7103,7109,7113,7115,7116,7119,7120,7127,7128,7129,7130,7131,7 132,7133,7134Fの15本であり、7127F以降に関しては、ドアの窓が大窓化されています。

副都心線乗り入れ対象から外された7106,7107,7108,7111,7112,7114,7117,7121,7122,7123,7124,7125,7126Fの13本130両は、編成単位で廃車となったけど、そのうちの7117,7121,7122,7123Fがインドネシア🇮🇩に輸出されていました。

そのうちの元7121Fは現地で事故廃車となったので、現在は3本となっています。

副都心線の開業後、改造予定または廃車予定の7000系にYマークが付いていたので、東急田園都市線の車両の東武線直通非対応編成にサークルKマークが付いていたことみたいだな❗と思っていました。

このYマークは、西武6000系の改造前の編成や東武9000系の9101Fにも取り付けられていました。

17000系は、2月にデビュー予定で、2022年度までに10両編成6本(日立製作所笠戸事業所(HITACHI)製)、8両編成15本(近畿車輛製)が導入されることにより、7000系が順次置き換えられていくことになるので、今回そのうちの7101Fを撮影し、永田町から池袋まで乗ったのであります。

7000系の有楽町線及び東武東上線の志木~森林公園間の乗り入れは、6編成しかない10両編成に限定されているので、今回有楽町線で撮影出来た喜びがありました。

あーにゃこと水湊あおひ氏😸が母親(あにゃママ)🐈と一緒に行った秋葉原のChicken Place(チキンプレイス)🐓には、自分(しゃもじ)🐰も行きたくなってきました。

あーにゃ😸は鶏肉のフォー、あーにゃの母親🐈は、チキンカレー🍛を頼んでいたけど、あーにゃ😸は、鶏肉が柔らかくて美味しかった😋🍴💕と言っていたのでそのはずでありました。

フォーとは、ベトナム料理(アジア麺)🇻🇳の一つであり、米粉で出来た麺(ライスヌードル)であります。

このことがあーにゃこと水湊あおひ氏😸のInstagram(インスタ)で話題になっていました。

Chicken Placeをチェックした時に、coco亀🐢のさゆ氏🧡がいいねしていたので、鶏肉がさゆ氏の好物だと思っています。

さゆ氏🧡もChicken Placeに行きたいと言っていたので、お互い様でありました。

自分(しゃもじ)🐰は、あーにゃ😸のSHOWROOM配信には、19日以来参加出来ていない状態が続いています。

一昨日(24日)は、高田馬場BSホールで、東京ステーション♪の小麦ぱんこ🐼、永綱紗良💙両氏が出てきたライブが行われていたけど、緊急事態絶望嫌がらせ宣言により行かれなかったのが残念でありました。

coco亀🐢の地元である亀有駅は、常磐緩行線が乗り入れている駅であり、E233系2000番台、東京メトロの16000系、小田急電鉄の新4000形が発着しています。

亀有では、881円のやばい弁当でも話題になっています。

緊急事態絶望嫌がらせ宣言により、夕食をコンビニ弁当等で我慢しなければならない状態なのでそのはずであります。

自分(しゃもじ)🐰は、これによってドルヲタ($ヲタ)活動が出来ない状態であるけど、coco亀🐢のほうも活動自粛となっています。

桜田門駅は、霞が関の官庁街の裏の最寄り駅であり、周辺に警視庁、国土交通省、法務省の本部庁舎があります。

日比谷公園の最寄り駅でもあるので、桜田門駅を使ったほうが比較的空いています。

現在は、1991(平成3)年11月29日に開業した南北線の西ケ原駅が東京メトロの駅で最も利用客の少ない駅となっているけど、それが出来る前は桜田門駅が営団地下鉄で最も利用客の少ない駅となっていました。

桜田門駅は、桜田門外の変の舞台となった桜田門(江戸城の内堀に作られた門)の近くにあることが由来であります。

このことで、元ステーション♪の桜田初姫🌸を思い出します。

葛西の地下鉄博物館で行われたステーション♪のオフ会では、桜田初姫氏🌸と一緒の班だったので、当時のことを思い出しました。

あーにゃこと水湊あおひ氏😸とは、2月の舞台で再会出来る予定となっていたけど、コロナ大騒動で中止となったことにより会えなくなってしまったのが残念であります。

17000系が営業運転されたら早速乗りに行きたいと思っているけど、コロナの絡みにより厳しい状態であります。

東京メトロの7000系を撮影する時には、マナーを守ってもらいたいと思っています。

このように、東京メトロ有楽町線の7000系を撮影し、永田町から池袋まで乗ることが出来て良かったです。