「快速ムーンライトながら」廃止。
発表されるや否や、SNSでは瞬く間に「ムーンライトながら」やその前身の「大垣夜行」が大きな話題となった。
鉄道旅行好きにとっては憧れの列車だったという人も多く、特急券や急行券を必要としない歴史ある夜行列車ということもあってか、かつてお世話になったことを懐かしく思う人のコメントが多く目についた。
自身もその一人であることは言うまでもなく、少し独りごちることに…。
「大垣夜行」デビューは中3のとき、既に高校進学を決めていた中学校卒業直前の頃だった。
165系が撤退し、373系「ムーンライトながら」に置き換わる直前の1996年3月初旬。
急行形車両の運用は当時でさえ既に数を減らしており、まだまだ若かった頃なりに危機感を感じていた。
乗りたい気持ちはあるものの、当時は保護者の管理下にあった義務教育を受けなければいけない身。
思うように行動ができないのは当然のことだった。
中坊の財力ではあいにく急行「東海」に乗れなかった。
しかし、同じ車両を使った「大垣夜行」に、18シーズンの快速列車普通席なら乗車できる。
3月初旬の週末に、乗車することを決意。
整列して、難なく座席を確保できた。
当時の惜別乗車の類は…荒れなくてよかったなぁ。
翌朝、予定通りに大垣に着く。
何せ中学校卒業を控えた身なので、それなりに忙しかったのだろう。
すぐさま東海道本線の上り列車に身を委ね、乗り継ぎを繰り返して帰宅するのであった。
まさかその帰路で、地元の友人とばったり会うことになるとは夢にも思っていなかったが。
聞けばその友人も同じ目論見で「大垣夜行」に乗っていたとのこと。
考えること、やることが一緒とはねぇ(笑)
1996年春のダイヤ改正以降は373系「快速ムーンライトながら」になり、新しい車両で指定席が導入されたこともあって随分快適な移動になったと感じた。
しっかり(コ)にも乗車した経験がある。
車内の治安は相変わらずアレだったけれど(汗)
救済臨も含め、高校生から大学生の頃は何度となくお世話になった夜行列車である。
どちらかと言えば大垣に早く着くという理由で救済臨の方が好きだった…JRの完乗を目指していた頃だったこともあって、我ながらストイックだったものだと振り返る。
「ムーンライトながら」が臨時列車となってからは、2回ほど乗っただろうか。
最後に乗車したのは2014年8月14日、183系運用の頃だった。
運良くグレードアップされた車両で、シートピッチが広く快適だったことを覚えている。
隣に乗車してきた高校生と、寝る前に鉄道話で談笑したことも懐かしい。
その後「ムーンライトながら」の運転日数がより削られてから、あいにく乗車の縁には恵まれなかった。
185系での運用は、世話になれず終わってしまった。
近年の移動手段を取り巻く環境は大きく変わり、夜行バスとビジネスホテル、飛行機でさえも低価格化が進み、夜行列車でないと「困る」という状況ではなくなった。
JR東海のプレスリリースにもある通り「列車の使命が薄れてきた」というのが的確だろう。
個人的には、お腹いっぱいになるほどお世話になった「大垣夜行」。
長らくのお勤め、本当にご苦労様でした。