皆さん こんにちは。 1978年10月全国ダイヤ改正で 急行しらはま1号は、どうなったのか みてみました。

 

ご存知の通り 紀勢本線の西側 和歌山ー新宮間が 電化され 特急くろしおが キハ82系から 381系電車に置き換えられました。  そして 8時30分発だった しらはま1号の併結相手の

きのくに4号は、新宮発の1番特急 くろしお3号に格上げされてしまいました。   時間帯で見ると そうなるんですが、 実際のところは、特急くろしお3号と 急行きのくに4号の発車順序を入れ替えた形になっていました。  電車と振子の威力を発揮した 特急くろしお3号は、40分早く新宮を発車した 急行きのくに7号に御坊で追い付き 終点天王寺には、30分も早く 到着していました。

 

かなり 話がそれましたが、 肝心の急行しらはま1号名古屋行ですが、 発車時刻が1時間20分遅くなった 9時48分の急行きのくに11号と併結されて 新宮を発車しています。

 

経路も 同じです。 奈良には16時21分着。 京都行の急行しらはま も 3号となって 走っていました。 しかし、上りにあたる 名古屋発新宮行はなく 急行しらはま2号 白浜行だけでした。

 

関西本線の時刻表。 関西本線に入ると 以前は、亀山で 急行紀州4号と併結していたのですが、今回は、拓殖で 京都から草津線を通って来た 急行平安 と併結されて 名古屋に向かっています。

当時の関西本線には、 驚いたことに 奈良ー名古屋間に 急行かすが が 名古屋から奈良には 1号から5号までの3本 しかし 反対方向の 奈良から名古屋には、2号から8号までの4本 に 急行しらはま1号を加えた 5本もの急行が運転されていました。 急行しらはまも片道運行でしたが。、 急行かすがも 片道運行の列車がありました、 どうやら 下り方向は、その分 亀山ー奈良方面の普通列車が多くなっていたようです。 

 どうやら 片道運転の急行しらはま1号。 純粋に新宮ー名古屋間を結ぶ急行列車ではなく 実態は、 新宮ー奈良間と 奈良ー名古屋間の急行を運用上1本にしたということだったようです。

実際 3月と10月で かすがと しらはま1号で運転順序が入れ替わっています。

 

ところで 関西本線の時刻表 一番右端の寝台特急 紀伊 が 乗っていますが、 今回見直してみて 間違いがあることに気づきました、 皆さん 一度考えて見て下さい??

 

御覧頂きましてありがとうございました。