前日の土曜日は、仕事が終了し帰宅した後に、運転会の準備を行った。
しかも、模型を持参する「旅行バックの修理」で23時30分まで掛かるという、大幅なハンデ付きだった。とりあえず、夜のうちに持参品は揃えた。
テーマが「新宿駅」だった関係上、どうしても「山手線103系ATC」を持参したくて、朝6時に起きてから急いで整備、完全状態では無かった物のなんとか出発の8時までにはブログアップも含めて終了。家を出る直前に、相方の「TsukubaLinerさん」から電話が入る・・・。
「店主が体調を崩したので、本日はキャンセルにしてくれ」との連絡が入ったらしい。
どうするか話し合った結果、上野で待ち合わせし、場所を探すことになったが、突発なのにもかかわらず、「所沢電気鉄道さん」がOKを出してくれる。
お店に行く前に、「IMON秋葉原店」で買い物。年始セールで2編成購入するが、これは後編で。
●日産キャラバン、消防指令車・・・それじゃ無い
●中央線201系「特別快速」
「新宿駅」という漠然としたテーマだと範囲が広すぎた為、個人的に年代を絞った。その一つが「昭和55年(1980年)頃の、子供の頃見た車両」で、その中でも201系は最新式のチョッパ制御だった。もちろん103系や101系も健在でしたが、やはりこの姿がかっこよかった。
・・・写真のライトLED化忘れてますね。逆側はLED化したのにorz
●トヨタ「クラウン(クジラ)」+スバル「360(テントウムシ)」・・・じゃない!
●183系1000番台「あずさ」
やはり国鉄色のあずさは、中央線では外すことの出来ない存在で、いつか乗ってみたいと子供心に思っていた。
●日野自動車・・・この型、名前知らんかったorz
●113系300番台「普通列車」
デカ目の800番台ももちろん見ていますが、子供の頃のイメージは「シールドビームライト」「横方向幕準備工事」「先頭車と中間車の連結」だった。
横方向幕準備工事は、方向幕の部分のガラスにわざわざ色を塗っていて、使用停止なのかと思っていたが、準備工事だったので覚えていた。
先頭車と中間車との連結は、サハを真ん中に持ってきた名残ですね。
新宿まで乗り入れた頃、「鈍行なのに特快より速い(新宿の次が立川)」と、わざわざ乗り換えて優越感に浸ってました(遠い目)
●総武線103系ブタ鼻
今は「中央・総武慣行線」ですが、昔は黄色は総武線と呼んでいましたが、錦糸町を境に、千葉よりの人は中央線と呼んでいたという、変な話もあります。
じつは、関西地区に多い、「低運シールドビーム顔」ですが、中央線に集中配置。201系が入り始めると、ほとんどが関西へ転出。総武線は山手線のATC化に伴う先頭車だけ高運転台を新製して、玉突きで総武線に先頭車のお古が回ってきたという流れでした。
「ウグイスで誤乗防止ステッカー付き」なんてのも有りましたね。
●川越線・・・・違う。
●山手線103系高運転台ATC車
まあるい緑のやまて線、真ん中通るは中央線。新宿西口駅の前、カメラはヨドバシカメラ♪
「なんか歌詞が違うよ」と感じた方、現代人です。
「最初コレだったな」と思った方、昭和のおじさんおばさん認定です。
このCMのおかげで、「やまてせん」と誤認識してしまった人が多かったのは、黒歴史です。
話が脱線しましたが、この時代の思い出は、中央線ホームから見える、「ウグイスの103系」「黄色の103系」「中央線の201系」「小田急百貨店の顔みたいなマークのネオン」が、新宿のイメージでした。
と言うことで、この頃はまだ「埼京線」が存在しない時代で、「西の玄関口」とも呼ばれていました。
そんなちょっとだけ思い出の頃を、模型で再現できるまで、鉄道模型を所有できるのは、幸せだとつくづく思います。
後半の思い出の時代は1990年頃の新宿で、「湘南新宿ライン、開通時代」を再現してきました。
それは次回ですね。
以上「1980年頃の新宿」でした。
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