磐越西線の迂回貨物というと2011年の東北大震災時の石油輸送が一番有名ですが、それ以前にも2004年10月の中越地震で上越線が長期不通になり、新潟の焼島から出る紙輸送貨物が走ったことがあります。

 

当時はコンテナではなく未だ青いワムハチでしたが、同線を専貨で走るのは初めてだったと思われます(大昔のSL時代の雑多な貨物に混じっていたことはあったかもしれませんが)。

 

その年の年末に最初に出撃しましたが、雪が積もる中でもその頃は若さで耐え切りました。

 

追っかけで会津若松の近郊でもう一発撮りましたが、ここは雪が少なめでした。

 

年が明けてから2回目の撮影を敢行しましたが、行きがけに東北線内で上りを迎撃したら、ヒサシ付のナナゴに巡り会えました。

 

磐西に入って中山宿で迎撃しようと降りてみるとここはほとんど雪がありません。牽引するのは一回目と同じ102号機で、できれば違うカマを期待したのですが(^_^;)

 

次の猪苗代の辺りでは素晴らしい雪晴れになりました。

 

石油輸送の時はデーデーが通しで新津~郡山の全区間を牽引しましたが、この時は会津若松でナナゴとデーデーで切り分けていました。大分日が延びてきたので、この後奮発してタクシーで会津若松の先に向かい、デーデーを迎撃します。

 

当然オレンジ色の原色を期待したのですが、やって来たのは確か鷲別区から応援で駆けつけてきた更新色車でした。当時は何だよ~とガッカリしましたが、これはこれで貴重でしょうね。

 

結局迂回貨物には2回しか参戦せずに終わり、もっと通っていたらいろんなカマと出会えたはずですが、まだ働いていた時代で時間的な制約もあり、これが限界でした。

 

ところで今冬はてっきり暖冬だと思っていたら久しぶりに寒波が襲来して老体には堪えます。雪なんかものともせず動き回っていたのも今は昔のことで、コロナ感染も大爆発しているので、今後は野外活動を大幅に制限せざるを得ないでしょうね・・・・・