都営大江戸線全線開通20周年 | 書斎の汽車・電車

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 今日は、都営大江戸線が全線開通してから20年にあたる日です。

 元々、「12号線」だったこの線が全線開通に選んだのが平成12(2000)年12月12日、正に「12尽くし」の日でした。

 全線開通時のイメージキャラクターには、ドラえもんを起用、「東京どこでもドア宣言。」「GO!大江戸線 さあ、21世紀につながった。」といったキャッチコピーが思い出されます。そう、開業したのは20世紀がもう少しで終わりそうな日のことだったのです。

 

①開業日のこと

 全線開業日当日の朝、私は大江戸線に乗っていました。単なる「初乗り」ではなく、これを機に通勤経路をこの線に変えようとの目論見もありました。新宿を過ぎ、国立競技場駅から先が今回の開業区間となります。すると、交通局の職員の方が「記念品」を配り始めました。私が乗ったのは朝6時台の電車で、別に「一番電車」というわけではありませんでしたので、記念品配布は少々意外ではありました。配られたのはクリアファイルで、ドラえもんと路線図があしらわれ、先述のキャッチコピーが添えられています。今回、このクリアファイルの画像をお見せしようかと思ったのですが、大切に保管しようなどと考えず、大量の書類を挟んだまま長い年月が経過した(クリアファイルにとっては、本来の使われ方をしているのですから「本望」でしょうが)結果、かなり劣化してしまいましたので、泣く泣く断念しました。

 実は、この記念品配布が大混乱とならない程、開業初日の大江戸線電車は空いていまして、立ち客はなく、空席もちらほら見えました。現在であれば、通勤・通学客でかなりの混雑となっている筈ですが、本当に混み始めたのは翌年4月以降だったと記憶しています。

 毎度のことながら、地下鉄ですから車窓に特筆すべきところなどありませんし、駅ごとに趣向を凝らしたというパブリックアートも、途中下車をしていないので見ることもありませんでしたが、六本木駅の、黒と金を大胆に使った内装だけは鮮明に覚えています。「バブル」が還って来ちゃったのかと思いました。(現在のこの駅は、いい具合に古びてきていまして、開業当初ほどの「金ピカ感」はありません)そうこうするうちに大門駅に到着。浅草線に乗換ました。

 夕刻、今度は大門から、両国、飯田橋を経由して都庁前までの区間に乗ってみました。今度は純然たる「初乗り」です。都電廃止後は鉄道には縁のなかった地域を結んでいますので、地元にとっては待望久しい地下鉄の筈ですが、やはり電車はガラガラでした。まあ、新しい路線が都民に定着するまでには、もう少し時間が必要なのだろうなあと感じたものでした。

 

②路線名のこと

 都営12号線と呼ばれていたこの線が「大江戸線」になったのは、この全線開業時であると誤解されている向きもあるかも知れませんが、実際には平成12(2000)年4月20日の新宿~国立競技場開業の時点で改称されています。

 この路線名をめぐるすったもんだについては、皆さんもよくご存知ではないかと思いますが、改めて振り返っておきます。平成11(1999)年8月に路線名の一般公募が行われ、同年11月には「東京環状線」という線名と、愛称「ゆめもぐら」が公表されました。これに当時の東京都知事が難色を示します。曰く「環状運転をしていないのに「環状線」を名乗るのはおかしいというわけです。知事は線名の再検討を指示したのですが、その際に「俺は大江戸線がいいと思う」と発言したことから、流れが決まったといえましょう。知事への「忖度」が働いてか、12月には「大江戸線」とすることが正式に決まったのでした。

 大江戸と聞いたときには「何だかなあ」と感じたことを覚えています。この線の放射部などは、光が丘や練馬は「江戸」とはいえませんし、、中井駅がかろうじて「江戸市内」に入るくらいでしたから。それに「大江戸」といえば、「死して屍拾う者なし」の「隠密同心心得之条」を想起してしまいます。

 しかし、時が経ってみると、「大江戸線」という名前は意外なほどに定着しているように感じます。「東京環状線」ではこれほどまでのインパクトはなかったでしょうし、「ゆめもぐら」というのは余りにセンスがなさすぎます。件の都知事は高名な小説家でもありますが、やはりその言語感覚は確かなものだったと認めざるを得ません。

 

③とりあえず「全線開通」ですが

 全線開通から20年などと書いてますが、大江戸線には今後、延長の可能性もあります。光が丘から大泉学園町、埼玉県新座市、清瀬市経由で武蔵野線東所沢駅までの延伸計画が公表されています。このうち、練馬区内については。「土支田」「大泉町」(「北大泉」)「大泉学園町」(「新大泉学園」)といった駅の設置も取り沙汰され、道路整備とセットになって実現する可能性もあるようですが、その先となると、地元は熱心に運動しているものの、まだ具体的なことは決まっていないようです。そもそも、都県境を越えてしまうと「都営」地下鉄として建設、運営することの是非も出てくるでしょう。また、今般の「コロナ禍」で今後の鉄道新線計画はどこも不透明ではあります。

 

 大江戸線を巡る話題、私も「12尽くし」で全12話としようと思いましたが、今回は3話までとします。今後も不定期になるかも知れませんが、残り9話もご紹介します。