皆様こんばんは。ホームページおよびブログ管理者の神@北見です。

 

やっと出張から帰還しブログの更新となりました。

 

先日は来年2月発売予定のTomix製キハ58系急行「陸中」について考察しましたが、今日は同時に発売されるキハ58平窓非冷房車2両セットについて考察してみたいと思います。

 

盛岡地区では山田線・釜石線・花輪線といった勾配路線を抱え、また東北北部で冷房を使用しないことから2エンジンのキハ58が多く配置されていました。今回Tomixさんから発売されるキハ58が盛岡色であることからJR移行時の1987年4月1日時点での盛岡局内のキハ58系の配置を見てみますと、

 

<盛岡>

波動用転換クロスシート車(非冷房) キハ58 3両、キハ28 1両

急行陸中用冷房車 キハ58 10両、キハ28 4両

普通列車用(非冷房) キハ58 53両

 

<八戸>

普通・快速列車用(非冷房) キハ58 6両

 

<一ノ関>

普通・快速列車用(非冷房) キハ58 11両、キハ28 5両

 

盛岡には普通列車用の非冷房キハ58だけで53両も配置されており、急行陸中用や波動用車を合わせて66両と、1つの区所では当時全国でも最多の配置両数を誇りました。これは、盛岡地区では花輪線・山田線・釜石線と担当範囲が広かったこと、各路線とも勾配路線で2エンジンのキハ52やキハ58に限定されて運用されており、キハ28はおろかキハ40系の配置も最小限にとどまっていたことが理由として挙げられます。そのため晩年まで近代化が遅れ特に山田線や花輪線では2007年までキハ52・58の運用であったことは記憶に新しいところです。JR化当初は一ノ関や八戸でもキハ58系の活躍が見られ、八戸配置車は快速「なつどまり」に、一ノ関配置車は快速「きたかみ」「むろね」やのちに「南三陸」等でも活躍しました。どちらかというと優等列車での活躍が多かった印象です。

 

ではこれら3区で70両近いキハ58非冷房車盛岡色の車両についてみてみたいと思います。

 

JR化当時は70両もの非冷房車が盛岡支社内に配置されており、0番台から冷房準備車の1500番台まで満遍なく配置されていました。1987年当時のキハ58の番台区分・製造ロット毎の在籍状況をみてみましょう。

 

0番台車(0~312) 18両

98・100・107・108・127・158・217・226・270・271・273・278・279・281・282・283・284・285

 

400番台前期車(運転席窓バランサー点検蓋無し:401~548) 13両

432・475・481・483・484・487・494・497・507・515・526・527・528

 

400番台中期車Ⅰ(運転席窓バランサー点検蓋有り、通風器6個:549~654) 8両

550・617・618・620・621・623・627・629

 

400番台中期車Ⅱ(通風器8個:655~793) 13両

663・692・707・709・732・739・745・758・746・747・748・778・789

 

400番台後期車 (便所窓が横長の小窓:794~799・1000~1052) 0両

該当なし

 

1500番台Ⅰ (後位側水タンクがアルミ製 1501~1511) 6両

1503・1504・1506・1507・1508・1509

 

1500番台Ⅱ (後位側水タンクがFRP製 1512~1532) 12両

1512・1513・1514・1515・1519・1520・1524・1525・1528・1529・1530・1531

 

ご覧の通り、0番台から1500番代まで幅広く配置されています。ただ、平窓車で便所窓が横長の小窓になった14次車は配置されていません。同グループの新製配置(仮配置を除く)北限は新潟でした。0番台が18両、1500番台も18両おりこれだけで約半数を占めます。また、中部地区以外では数の少ない400番台前期車も、13両配置されています。

 

これらを全部考察していると日が変わってしまいますので、今回Tomixさんから模型化されるであろう区分についてみてみたいと思います。

 

Tomixさんから発表されている情報ですと、キハ58 0番台+キハ58 400番台となっており、400番台は恐らく運転席窓バランサー点検蓋が増設された548~654のグループを模型化してくるものと思われます。これは、単品のキハ58 400番台と側板を共用でき、妻板はキハ56・57と共用できるからです。また正面はキハ57セットと同じく内ばめ式テールライト&シャッター式タイフォンで模型化されるのではないかと思われます。

 

では0番台と、400番台車について実車を見てみましょう。

 

1.0番台車

 

本来キハ58の0番台車(1~4次車)はタイフォンシャッターが取り付けられずスリット式カバーでした。しかし東北地区に配置される車の多くはのちにシャッター式に改造されます。ただ、一部の車は2つ折りのシャッターではなく回転式のシャッターを装備しました。

 

・通常のシャッター:100、127、158、217、270、271、273、278、279、283、284、285

・回転式シャッター:107、226、281、282

・混在:98、108

 

0番台車では回転式シャッターが4両おり、また左右で混在しているのが2両もいました。こう考えるとくどいようですがTomixさんのキハ58系もキハ40系や455系電車のように選択式のタイフォンであったらどれだけ再現の幅が広がったことでしょうか…。またタイフォン違いの特製品がプレミア価格になったりする事態も無かったはずです。

 

あとこのグループで珍しいのは、キハ58 100でしょう。「100」というキリ番も良いですが、この車はなんとキハ81系譲りのDT27系台車を履いた最後の車となっていました。私の確認している限り、DT27を履いたキハ58系で、これを履いたままJRに継承されたのはこの1両のみです。

 

↑キハ58 100です。この解像度ですと見にくいですが、台車はキハ81系譲りのDT27です。またタイフォンは寒冷地用なので、Tomixさんから発売予定のキハ58から簡単に再現できそうです。(台車は似た形状のDT31を履かせます) またこの100番はJR化後すぐに八戸へ転属しており、八戸特有の赤ナンバー車になっているのも興味深いです。国鉄末期は山形・弘前の配置が長く、秋田配置車に多かった汚物処理装置は付いていません。

 

2.400番台前期車

 

盛岡には400番台で運転席窓バランサー点検蓋が無い前期車とでも区分できるグループ(5~8次車)がまとまった両数配置されていました。このグループは大きく分けて中部地区からの転属車、新潟地区の転属車、山形地区からの転属車、そして盛岡に長くいた車に分けられました。中部地区の車両が大きく動いた1978年10月1日の改正では、名古屋や七尾から捻出された非冷房のキハ58が東北へ転出しており、416・432・475・487といった車たちが名古屋及び七尾から盛岡・一ノ関へ転属しています。このうち487は前面補強板が名古屋地区特有の形状で特徴的でした。

 

↑キハ58 487の顔。特徴的な名古屋工場タイプの前面補強板や、冷房車然とした位置へ移設された制御用KE53ジャンパ栓納めの位置が特徴です。

 

また、494・497は「59-2改正」にともなう新潟地区急行減車で一ノ関に転属したグループです。両車とも新潟地区特有の平べったい屋根上水タンクを装備し、また497は新潟地区特有の円筒を斜めに切った形状のタイフォンを装備しておりまさに「新潟然」とした形態に盛岡色が特徴でした。また一ノ関車は快速「南三陸」のヘッドマークに対応したヘッドマークステイが取りつけられていました。

 

↑キハ58 497

 

また盛岡には秋田より526・527・528といった車が転入しました。これらは国鉄時代は秋田車では珍しく常磐無線アンテナを装備していました。これはこの3両は1966年より弘前に転属し急行「みちのく」の大鰐編成で使用され、常磐線で先頭に立つことからアンテナが取り付けられたものでした。上野から常磐線経由で青森まで行きそのまま奥羽本線に入り大鰐まで行くという、今だったら腰痛になりそうな列車でした。またそんな大昔の名残が晩年まで残っていたというのも驚きですが、JR化後の写真を見ると常磐無線アンテナは見当たりません。

 

3.400番台中期車Ⅰ

 

Tomixさんの単品製品に該当するのがこの400番台中期車とでも呼べる9・10次車でした。運転席窓バランサー点検蓋が設置されたグループです。模型が発売されたら、そのまま使えるグループになるでしょう。生え抜き車が多く、あまり特徴はありません。

 

↑キハ58 621の例です。取り立てて特徴はありません。

 

4.400番台中期車Ⅱ

 

また、両数が多かったのは通風器が8個になったグループです。これは発売された製品に通風器を載せればまずお手軽に再現できます。ただし、細かい事を言うとこのグループからは妻面にゴミ箱用の出っ張りが付きますので、気になる方はここを改造しなければなりません。t=0.7くらいのプラ板を貼るのがお手軽で良さそうですが支障する標識灯掛けも移設しなければならないのが面倒です。雰囲気を楽しむなら妻面を無視して通風器だけ増設しても良いと思います。(Tomixさんの製品であるキハ56・27はそもそもこのゴミ箱の出っ張りが無視されていますし…)

 

 

↑キハ58 748の例です。

 

このグループには八戸(以前は尻内)生え抜き車が多くいます。八戸では車両の動きが少なく、転配の多いキハ58系の中では数少ない「転属なし」という車もいました。それとは対照的に、このグループにも中部地区からの転入車がいました。400番台前期車と同じく1978年10月のダイヤ改正で名古屋から転入しており、盛岡地区には一ノ関へ732が、八戸へ789が転属しました。このうち732は名古屋地区特有の前面補強板が目立っていました。732はその後会津若松に転じ、晩年は新庄へ転じて快速「月山」で活躍しました。転配の多いキハ58系ならではでした。

 

↑晩年の東北地域本社色時代のキハ58 732です。当車は名古屋配置される前は長野におり、長野時代の正面窓上の足掛けからぶら下がる形状の「架線注意」の札が廃車時まで残っていました。

 

いかがでしょうか。どれも同じような盛岡色の平窓非冷房キハ58ですが、中には特徴的な車も混じっていました。なので、私はこのセットは3セット買い、

 

キハ58 0番台の1両はそのまま0番台車として、

キハ58 0番台の1両は台車をDT27(DT31で代用)に履き替えキハ58 100に、

キハ58 0番台の1両は乗降ドア下部の丸窓を開け400番台前期車に。さらにタイフォンを新潟タイプにして屋根上水タンクも新潟タイプにして497に、

 

キハ58 400番台の2両はそのまま500~600番あたりの車として、

キハ58 400番台の1両は屋根上に通風器を増設して700番台の車として

 

のようにちょっといじってバリエーションを増やして使おうかなと思っています。このような新製品、どうせ再販されるようなことは無いでしょうし、出た時に買い溜めしないとヤバそうです。

 

ということで今から発売が待ち遠しい盛岡色のキハ58非冷房車2両セットでした。

 

Tomixさんのこれまでのバリエーション展開を見ていると九州の「シーサイドライナー」等で「限定品」をよく出しています。なので、この盛岡色のキハ58に関連して、限定品でも構わないので「アコモ改造車」を出して欲しいですね。

 

↑こいつです。

 

このグループは当初一ノ関用にキハ28が2両、盛岡用にキハ58が2両用意されましたが、一ノ関用の1両はキハ58に差し替えられ、更に配置区が盛岡へ集約されました。この時点ではキハ58 416・486・1511とキハ28 336がこの仕様でした。キハ28の非冷房車や久しく発売されていないキハ58冷房準備車を含んだ限定セットとしたら人気が出ると思いますがいかがでしょうか。

 

ということで期待の膨らむキハ58 盛岡色セットでした。

 

それでは次回もお楽しみに!!

 

是非私のホームページ

 

http://kami-kitami.sakura.ne.jp/index.html

 

にもキハ58系各車の解説がありますのでご覧になってください。