成田線全駅間歩き3(我孫子-成田) その5・「木下」の読みは「きのした」じゃなくて… | 駅から駅まで・旅のあしあと

駅から駅まで・旅のあしあと

鉄道路線全ての駅間を歩く全駅間歩きを10年以上続けています。
今は東海~北海道エリアを歩いていますが、目指すは全国全路線全区間踏破!
そんな壮大な目標、たぶん一生レベルでかかるので、長い目で見守っていただけるとうれしいです。
X(Twitter)アカウント:@Oaksky8

 

その5からの続き

 

-布佐(10:15発)-木下(10:52着・11:00発)-

 

 

新興住宅地を抜けて、布佐駅にたどり着きました。

 

次の駅へ向かいます。

北口を出たら、駅前通りを一路北へ。

 

布佐も中心市街地はこちら側にあります。

線路の南側とは雰囲気が違いますね。

 

 

 

布佐地区は、利根川を挟んで茨城県利根町とも接しています。

特に、利根町役場付近の住民はこちら側に出てているようです。

 

同じ利根町でも、北部を通過するバスは取手駅へと向かっています。

常磐線と比べると、成田線が不便だからかな…。

 

 

 

国道356号に合流。

ここから再び東へ進みます。

 

このあたりは利根川がもう間近。

堤防も見え隠れするほどの距離でしたが、

今日は寄り道している暇がないので、寄り道しないで歩きました。

 

 

 

川でもなんでもない場所で次の街・印西市に入りました。

昔はここに川が流れていたのかもしれません。

 

印旛沼の西側だから、

印西なのかな?

 

 

 

まもなく川を渡りました。

市境の川が流路変更したのかな。

 

 

 

3分ほど歩いて、もう一度川を渡りました。

 

 

 

大森交差点を左折して、いったん国道から外れました。

この道沿いが木下の中心市街地です。

 

さて、と、

「木下」と書いて何と読むでしょうか。

問題にするくらいだから、「きのした」ではありませんよ。

 

 

実は、「きおろし」と読むんです。

 

 

 

木下はかつて利根川の水運で栄えた街。

木下街道なんて道も存在するくらい、一大拠点だったようです。

 

きおろしというくらいだから、

木材の積み卸しが盛んだったのかな。

 

 

 

木下駅に着きました。

こちらも10年ほど前に橋上駅舎に切り替えられました。

 

 

 

ホームは2面2線の相対式。

真ん中には謎の空間が…昔は待避線でもあったのかな?

 

大学時代に印西市役所に行く用事があってこの駅を使いましたが、

帰りに目の前で電車に出て行かれて30分待ったことがあります。

でも、待ち時間はそんなに長くは感じませんでした。

 

 

ゆっくり歩いたつもりはありませんでしたが、

少し遅れが出ていたので、休憩短めに次の駅へ向かうことにしました。

 

 

 

先ほどの通りをさらに東へ。

 

 

 

突き当たりを左へ進むと、再び商店だった建物をちらほら見かけるように。

 

 

 

このあたりが木下地区の中心部…だったところ。

元々はこのあたりから街が広がったようです。

 

この道の突き当たりは堤防沿いを走る県道ですが、

元々はこの道が川沿いの河港まで繋がっていたのでしょうか。

 

 

 

そんな場所に「印西郵便局発祥の地」という碑が立っていました。

 

 

現在、印西郵便局は線路の南側に移転しており、

面影を残すものといえばポストくらいしかありませんが、

かつては街の中心だったことが分かります。

 

 

その6へ続く

 

 

布佐駅先から木下駅先までのGPSログ(1/32,000)です。

 

国道は交通量が多いので、

時間に余裕があれば、利根川の堤防に上がり、

木下駅を過ぎたところで引き返すように南下した方がいいかもしれません。