古い機関車、客車、貨車、台車、信号設備に踏切…。
エワ駅構内に静態保存されていた、いろんな車両や鉄道施設を目にし、我を忘れて小躍りしたくなった気分を抑え、どちらからともなく声をかけた、同じバスで来た初老の女性(と書くと語弊があるなあ。元気のよさと行動力は、まさしくオバサンそのもの。以下、イニシャルでK子さんと呼ばせていただきます)、そしてK子さんに同行していた欧米系の男性と一緒に、展示物のひとつである、後ろに展望デッキの付いたパーラーカー(展望車)のところまで見に行きました。

ほかは雨ざらしの状態で置かれているのに対し、この「パーラーカー64号」は、簡単な造りだけど、ちゃんと屋根の付いたところに鎮座してました。

「さあ、中に入ってみましょう」
「えっ、入れるんですか」「大丈夫」
K子さんに従って車内に入ると、そこは戦前、50年以上にわたりオアフ島に鉄道を走らせていたオアフ・レイルウェイ&ランド社の創業者、ディリングハム氏のプライベートカーとして造られたという、贅沢感が広がる空間でした。

K子さんの話や、資料を総合すると、この車両はオーク、マホガニー、サトウカエデ、モミ、サクラ、コアなどの木材で造られたもので、かつては水道や大理石の流し台、箪笥、トイレなども備えられていたとのこと。
そしてディリングハム氏のほか、ハワイ王朝の女王や有名な作家なども乗車したという、文字通りのVIP用特別車だったのです。

真鍮の金具で止められた天井灯、黒光りする木の床、その上に並べられたクラシカルな椅子。
窓の木の枠や飾り金具も趣があり、どことなく「和風」感覚というか、いわゆる日本の「お召し列車」をも彷彿させる雰囲気です。

「それにしてもK子さん、詳しいですねえ」
「ええ、ここにもう6回も乗ってるから」「…ええっ!?」

そんな、一見「元気のいい、典型的な日本人のおばさん」が、こんな日本ではほとんど知られてないマニアックな鉄道に何回も乗ってるなんて!
今は1カ月ほど、ハワイに長期滞在中だそうだけど。

「ところで、男性はお知り合いで?」
「えっ、いえいえ、さっきのバスで初めて会ったばかりで」

年の頃30~40代と思われる彼は、ドイツ人のEさん。
これまでオーストラリア、ニュージーランド、シンガポール、台湾など環太平洋地域を旅してきたそうです。
でも「じゃあ日本は?」と聞くと、「Expensive!」と一言。
日本一国行くくらいなら、他の国いくつも回れるでしょう、といわんばかり。

さあ、ここで、ふたりの日本人女性、おぼつかない英語で、今は日本は景気が悪く、経済がダウンしているので21世紀には絶対、economyでcheapな国になってるから、ぜひ日本にも旅行して下さいって力説したんだけど、Eさん、わかってくれたかなあ。

「あ、切符買わなきゃ。あそこで売ってるわ」といって、案内されたスーベニアショップ。
なんと看板には「おみやげ」「お手洗い」の日本語も併記されていて、さらにビックリ。
そんなに日本人ってここに来ているの?

往復チケットを1枚8ドルで買うのと合わせて、オリジナルグッズの品揃えにまたまた興奮した私。
Tシャツ、ポグ(牛乳瓶のふたのメンコ)、レールの切れ端、ピンズ、本、カップ、ステッカー、絵本、おもちゃ、マップ、ポストカードetc。
結局、かさばるものや壊れやすいもの、高価なものは避けたけど、全部で70ドルくらい買ってしまいました。
それもクレジットカードで(VISAとマスターが使用可。でも、その頃私はマイルは貯めてませんでしたので…)。

ここにバスで来たのは、11時45分頃。列車の発車時刻は12時30分。
すっかりお腹が空いているけど、もう出発まで時間ないし、何よりここには、レストランもなければ、食べものを売ってる売店もありません。
せいぜい、ソフトドリンクの自販機がある程度。
「夕べ買ったパンは持ってきてるんだけど…列車の中で食べられるかなあ」

いつの間に駐車スペースはレンタカーや自家用車でいっぱいになり、老若男女、家族連れ、グループ、カップルなどどんどん、人が増えてきます。
そんななかに、いきなり黒塗りのリムジンが横付け。
ちょっと場違い? と思ったところに、中から降りてきた人たちを見て、またまたビックリ。
それこそ「ワイケレでブランドショッピングするつもりが間違ってここに来ちゃった?」と思ってしまうほどオサレに着飾った、日本人のマダム6~7人。

私のほうから思わず声をかけました。
「あのー、ツアーか何かでここにいらしたんですか」
「いいえ、リムジンをわざわざチャーターして来たんですよ」
「えっ、でもなんで鉄道に?」
「なんでって、なんか面白そうじゃないの。ホホホ」

思いこみっていうのは往々にしてあるけれど、ここに来るまで、私、この鉄道に乗るなんてかなり酔狂なマニアだけで、日本人、しかも女性って、自分ひとりだけじゃないだろうかと思ってました。
それがどうでしょう。特に鉄道好きということでなくても「面白そうだから」という軽いノリでここにやって来る、屈託のない笑顔の彼女たち。
(そういえば、K子さんもそのノリでした)

日本のガイドブックでは、この鉄道について紹介されることは、現在に至るまでほとんどなく、
あっても、扱いがごく小さかったり。
一方、ワイキキに置いてある日本語フリーペーパーにはいちおう掲載されてはいるんだけど、特に目立つ感じじゃないし。
こんなにお客さんがいっぱいいるなんて。
「潜在的に鉄道に興味がある人たちって、決して少なくないんだなあ」と、感動しきりでした。

「オールアボ~!(出発します)」
係員に促されて、ゲートの前に並んだのは、ざっと60~70人といったところでしょうか。

 

*掲載のデータは、1998年6月当時のものです。
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