僕はゆるキャン△というアニメが大好きで、どれくらい好きかというと、漫画・アニメともに全巻、全話に何度も繰り返し目を通し、グッズもある程度まで蒐集し、あげくは触発されて駅で野宿を敢行する、とその耽溺ぶりは身捨つるほどに見事である・・・と自分で言ってみる。ところでこのアニメは舞台設定を現代の山梨県、静岡県に設定しているので、アニメに登場する路線や建物は基本的にすべて実在している。そうなるとアニメの世界に少しでも触れんと、熱狂的なオタクの中には実際にその地を訪問する者も出てくる。こうした行為は聖地巡礼と呼ばれ、かくいう自分も中学時代に友人と秩父にて「あの花」の舞台巡りを行ったことを最初に、旅行先の各地で「聖地」というものを気にかけるようになった。当ブログでは過去に飛騨地方に行ったついでに君の名は。の聖地巡礼を行なったことも書いた。

そこで今回は18きっぷの消化のために、以前から行きたいと思っていた身延線を訪問し、かつて富士身延鉄道だった頃の遺構を巡る、そして同時にゆるキャン△の聖地巡礼も軽くこなしてしまおうというわけである。

 

 

まずは早朝の東京駅東海道線ホームから。コンコースより階段を上ると、まずサンライズ号が目についた。忙しくせわしない日常の雑踏の中に忽然と現れるこの非日常。何とかして通勤電車に乗り込もうと汲々としている我々に構わず、サンライズはサンライズで、粛々と夢の名残を幸せそうに噛みしめているように見えた。この傍若無人な雰囲気に圧倒されると旅の高揚感が高まってしょうがない、思わずニヤニヤしてしまう。

 

 

9月の初旬ではあるが、いかにも秋らしい濃く、深い空が駿河湾に開けていた。根府川駅だったかな。

 

熱海からも引き続き東海道線に乗車し、ようやく身延線との接続駅である富士に到着した。

ここで富士駅を発車する身延線の列車自体の本数は多いが、甲府まで行く列車の本数は意外に少ないことに気づく。ちなみに私鉄時代の遺構をできるだけ多く巡るという趣旨の旅ではあるが、ダイヤの都合上寄れない駅がどうしても出てくる。途中の入山瀬、西富士宮の駅舎は開業当時からのものであるが、今回は残念ながら寄れなかった。とはいえ富士~西富士宮の区間は本数も多く、身延線の他区間と比べて再訪は容易い。

 

 

富士宮で車内の乗客はほとんど降り尽してしまった。沿線に存在している日蓮宗の寺院に関連しているのか、お年寄りがその100%だった。

西富士宮を出ると車窓左側には富士宮の市街を一望できる絶景が躍り出る。関東には随所に富士見という地名があるが、かつてはこのように見えていたことだろう・・・とふと考える。ちなみに、この後に現れる富士川の壮大な風景を眺めることが出来るのも進行方向左側の座席であり、右に席を取ってしまったことが非常に悔やまれた。

 

 

甲斐大島のホーム上には私鉄時代からの年季の入った待合室が現存していた。

このようにホームの上屋と待合室が一体化したものは、後から調べると富士身延鉄道独特のものらしい。甲斐上野にも同じスタイルの待合室が現存する。本当は降りてじっくり観察したいのだが・・・。

 

 

 

 

身延に着いた。変電所や、腕木信号機、トラス式の架線柱など、私鉄、国鉄時代を経て生き残った鉄道遺産たちの数々から身延線の歴史が垣間見える。

身延で30分程の停車時間があったため、駅を離れて閑話休題、さっそくゆるキャン△一つ目の聖地巡礼スポットに向かうことにしよう。

 

 

ここここ!アニメ8話にて、なでしこあおいアキちゃんが3人並んで饅頭を食ってた正にその場所である。そしてもちろんみのぶまんじゅうも購入。ベンチに座ってゆっくりと味わう時間は無いものの、こうしてアニメの世界の追体験ができるという新しいアニメの楽しみ方というものを改めて実感した。

 

 

「やっぱり日本人なら饅頭とお茶ズラ」「ズラァ」

 

 

沿線には電話回線をつかさどる通信設備である木製の電信柱が現存している。俗にハエタタキという愛称がつけられ、その希少性から現役を退いた今でも多くの国鉄ファンを夢中にさせる逸品。

 

 

 

南甲府は身延に並ぶ身延線の主要駅である。かつて私鉄時代には富士身延鉄道の本社があり、開業当時からの駅舎は重厚感にあふれ、閑静な街中でどでんと居丈高に腰を据えていた。構内には木製電柱や、木造の詰所が見受けられた。ちなみにこの日は9月だというのにクソ暑かった。5分程駅の周りを歩いたのだが、戻って来る頃にはすっかり体の水分を灼熱の大気に吸い取られてしまっていた。季節錯誤も甚だしいくらいだ。地球は自分が公転していることをとうとう忘れやがったのか。

 

30分程の滞在時間で、甲斐常葉駅に移動する。ここにはアニメに登場する高校のモデルとなった廃中学校が存在し、聖地巡礼には欠かすことの出来ない主要スポットとなっている。

 

 

甲斐常葉駅自体もアニメに登場する。上写真のアングルで上屋手前側のベンチになでしこが座り、野クルでクリスマスキャンプをやろうと提案をしたシーンであった気がする。

 

無人の駅を降り徒歩10分くらいだったろうか、ちなみに校門まで続く坂道はかなりキツい。これを毎朝上らないといけないとなると、かつてここに通っていたチビッコ達にはかなり同情する。自分だったら、学校に行くために坂を上るのか、坂を上り切るために学校に行くのかわからなくなっているところだ。登り切った先には、おそらく同業者と思われる方が車で乗り付けていた以外に人は見当たらない。

 

 

この旧下部中学校は、作中では本栖高校として登場する。正面の下駄箱には登場人物5人の等身大パネルが設置されているのが遠目越しに分かる。現在でもたまに一般公開が行われているらしい。とにかく坂道がキツいといったことを強調したが、校門を出て頂上から見える景色はさっきの甲斐常葉駅まで一望出来て、それなりの壮観ではある。とはいえ個人的には、消耗した体力分の値打があるかどうかは甚だギモンである。

 

本栖高校からは下部温泉駅までの約3キロを徒歩で移動することにする。身延線の甲斐常葉駅から隣の下部温泉駅は2.4キロ程しか離れていない。ローカル線らしからぬこの短い駅間距離も私鉄時代の面影を偲ばせる。ちなみにその道中、周囲の山々から間欠的に銃声?のようなものが聞こえ、とても心臓に悪かった。あれは何だったのだろうか。

 

 

武田信玄の隠し湯として有名な下部温泉の玄関口となる下部温泉駅である。下部温泉そして隣駅が波高島であると、これは身延線の中でも総じてエロスを感じる羅列である()。

 

駅前の土産物店ではゆるキャン△グッズが所狭しと陳列されている。店の方に少し話を伺うと、ゆるキャン△の聖地としてこのあたりの観光整備が為されたのがちょうど1年前であるとのこと。それ以来、週末になるとアニメファンがこぞってやって来、地元の旅館も満室になることがしょっちゅうだという。アニメ画の装丁のかくし最中という菓子を勧められたので、買って帰ることにした。有難いことになぜかサービスで最中をもう一つ付けてくれた。ちなみに駅舎は貴重な私鉄開業当時のものである。察しの通り趣旨がずれ始めて来ている。

 

 

本日のラストは芦川駅前のハエタタキとなる。自身もこのハエタタキに夢中になった国鉄フリークの一人であるということなのだろう、偶然車窓から見かけ、衝動的に下車してしまった。それにしても畑の中にこれだけポツンと残されている光景も珍しい。状態もなかなか良さそうだ。

 

ふと、この身延線の遺産巡りと聖地巡礼は、互いに実体の無いものを追い求めているという点では非常によく似た行為ではないかと思い至った。アニメにしても、鉄道にしても、そのイメージを舞台装置で補完することで、その世界に近づいた、または入り込んだような感覚を味わうことが出来る。あらかじめ構築されたイメージ世界を、実体が裏付けてゆくことにこうした快感を感じるのは、他でもない、好きを全面に押し出して想い続けるその姿勢が故であり、それこそが趣味・カルチャーを嗜んでゆく上で極めるべき一つの真髄なのだと感慨深く思ったのである。恋してる、というと少し大げさか。いや、身延線に残した想いは巡ってきた数々の鉄道遺産に纏わった恋のような未練だったに違いない。再訪を固く心に誓った帰りの中央線の車内、余韻と期待を胸にゆるキャン△の2期を楽しみに待つとしよう・・・。