みなさんこんにちは。今日の話題です。

秋も彼岸になり、ようやくにして過ごしやすくなって来たこちら大阪です。

 

 

酷暑の中ではなかなか所用もままならんかったということもありまして、先日になり、ヨメハンと「ヨドバシカメラマルチメディア梅田」、その裏にある「リンクス梅田(大阪市北区)」へと足を運んで来ました。

今日からは、その様子をお送りしたいと思います。よろしければおつきあいください。

 

 

ところでわたしにとっては、ヨドバシどころか梅田へ行くなど、今年に入ってからはじめてのことです。そもそもの出不精にコロナ禍が重なりましたし、人の多いところはまだおっかなびっくりです。

 

そういえば、環状線の内側に入るのすら数カ月ぶりという…

ただし、ヨメハンや長女は最近になって割り合いに出かけているようで。うらやましかったです(笑)

 

 

さて、到着したのは「JR大阪駅(同)」。これでも人出は少ない方でしょうか。

 

 

 

「グランフロント大阪」を目の前に見ながら先へ進むのですが…

いつの間にやら、大阪駅とヨドバシを結ぶ連絡橋が出来ていたんですね。

以前ならば階段を降りて横断歩道を渡ってでしたから、これは便利になりました。

 

 

家電製品などの所用をまず済ませて、各自自由行動。

ということで、わたしは早速、ホビーコーナーのある5階にやって来ました。いや、久々の光景です。

 

 

お目当てはやはり?「鉄道模型」。

大阪では、日本橋の「ジョーシンスーパーキッズランド本店(同浪速区)」と双璧を成す品数豊富なお店です。

ただし、特に当てはないのですが。

 

 

ぶらぶらと店内を見て回ります。

今秋以降の新商品発売予定がありました。

外出自粛やらなんやらで、模型に関しても、すっかりオンラインでの情報に依るところが大になっているのですが、やはりこれでさえ本チャンのお店で見る方がしっくり来ます。

 

 

 

「TOMIX」からは「パンダくろしお」こと「JR西日本 287系」。

 

 

 

これは実車を見たことがあるのですが、もともとが平べったい顔つきですので、ヘッドライト周りを目にしてしまうとはなかなか考えられたものだなと感心します。沿線の「南紀白浜アドベンチャーワールド」とのコラボ編成でした。新大阪にて。

 

 

「マイクロエース」で気になったのはこの「大阪市営地下鉄60系」。


半世紀前の「日本万国博覧会(大阪万博)」開催を期して、前年の1969(昭和44)年12月に開業した「地下鉄堺筋線」に投入された車両でした。開業当初から「阪急京都・千里線」との相互乗り入れを行い、大阪市内中心部から沿線の万国博会場へ、多数の観客を輸送したことが語り草になっています。

 

 

ここからは、手元のこちら「カラーブックス日本の私鉄18 大阪市営地下鉄(赤松義大・諸河久著 保育社刊 昭和60年7月重版)」より。

デビューしたばかりの「中央線20系」が大写しになっているのが目に留まります。

 

 

さて、60系の話しに戻りますが…デビュー直後の万博開催時は5両、その後には6両→8両と編成替えされた他、都度車体に施された帯や塗装のさまにはこまかな差異があるようで、興味深い変遷が窺えます。この頃は「6両非冷房」だったようです。出典同。

 

 

製品化されるというのは「8両非冷房時代」のものだとのこと。

その証左に開け放たれた二段窓、屋根上に整然と並んだ、特徴的な形状のファンデリア(ベンチレーター。換気装置)が目に留まります(さらに数年後には冷房化される)。さらにパンタグラフも菱形の大型から、下枠交差型という形式のものに交換されています。

 

 

「非冷房車」というと、この形式のみならず、真夏には地下線内でも窓を開け放していたので、会話がまったく聞こえないほどだったのをよく覚えています。冷房車がドル箱路線の「御堂筋線」にしか居なかった頃でしたが、いまからすると隔世の感です。

いずこの路線に乗っても、このステンレス、アルミ製の「30系」ばかりだった時代でした。出典同。

 

 

しかし、写真ひとつを見るだけで、いろいろな思い出に浸れるというのは、鉄道模型の醍醐味ではないかと思います。

買うかどうかは別にして(笑)出典同。

 

次回に続きます。

今日はこんなところです。