当ブログで色々とご紹介している鉄道関係の書籍紹介。
今回取り上げるのは、こちらの書籍であります。

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交通新聞社新書で8月に発売された「関西人はなぜ阪急を別格だと思うのか」(伊原 薫)という書籍です。

関西地方では他社とは別格のブランド力を有する「阪急電鉄」にフォーカスをあて、その創生期を中心とした歴史、そのブランド力を広く知らしめている象徴である「マルーン色」の「阪急電車」の車両、駅、ダイヤ、サービスに対するこだわり、そして、かつてのライバル「阪神電鉄」と2006年の経営統合に至るまでの両社との主に競争に関するエピソード、そして今後の阪急の展望としての将来的な計画路線(なにわ筋線、伊丹空港アクセス線)などに触れています。


著者は、関西地区在住で、関西地区を中心とした鉄道関係の記事の執筆やテレビ出演もこなすなど、精力的に活動されているとのことで、昨今の関西地区の鉄道を語るには外せないライターの一人になっている模様です。

それもあってか、最近の「鉄道ダイヤ情報」「鉄道ジャーナル」等で、この方の名前をよく目にするわけですが、そういう「生粋」の関西人鉄道ライターが記した阪急電鉄にまつわる歴史、エピソード、小ネタなどをふんだんに集めた新書、といえるでしょうか。

その中には、そういう施策を阪急電鉄が取るに至ったその背景の分析なども記されており、そういう過程を経て、いわゆる「阪急ブランド」が構築されてきたのかと、特に関西地区以外の方々が「阪急電車」を理解していくのには、取っつきやすい新書だと感じました。

この新書ですが、8月に発売された途端、結構な売れ行きがあったらしく、早速重版された、とのことでありました。




私が手にしたのも、重版である「第2刷」でして、しかもそれが、阪急沿線から結構離れているJR和歌山駅の駅ビル「和歌山MIO」の書店に平積みされていたことから、沿線外であっても「阪急ブランド」に対するあこがれといいましょうか、そういったものを知りたい、という関心は強いのだなあ、と感じた次第です。



さて、上記の通り、本書を一通りご紹介したわけで、「阪急電車」をはじめとした「阪急電鉄」に対する様々なネタが詰まっている本書は、多くの方に手にしていただければと思うのでありますが、そう思う一方で、関西人に高級と認知されている「阪急ブランド」とは、全く逆のイメージを持たれていて、しょっちゅうその比較対象とされている沿線に住んでいる人としては、若干複雑な感情を抱いたのも事実です。

確かに、「阪急ブランド」が、箕面有馬電気軌道の頃から構築してきたブランド力に、他の鉄道沿線が勝てないのも理解できるのであります。
しかし一方で、個々の施策をみると、必ずしも全てが全て、「阪急電車」が優れている、というわけでもない。それなのにそこまで過大評価されてしまうのは、ちょっと納得できない、といった感情も、また完全に否定できないのも事実であります。

勿論それは、そういった過大評価でさえも容認できるほどの力が、所謂「ブランド力」であり、それを様々な手段でどこまで構築していくことができるのかの違い、ということに落ち着くのかな、と思っていますし、それが阪急沿線にくらべて、私の住む沿線では足下にも及ばない、というのも十分理解しているつもりです。

とはいえ、本書で紹介されている、「阪急電車」の個々の施策のレベルまで具体的に落とし込んでみると、私の住む沿線の方でも決して劣っていない、とも気づいたこともあったことも、これまた事実でありますので、そんな事例を2つだけご紹介したいと思います。


・有料座席指定車:
「追加料金なし!破格の豪華列車」(P111〜P116)や、「"お客様に優劣をつけない"阪急のポリシーを強めた、ある事件」では、豪華列車「京とれいん」「雅洛」が別途料金を徴収しないことを、「お客様に優劣をつけない」ポリシーから、特別料金を取らない判断を「実にシンプルで、かつ粋な判断」(P116)とし、また「6300系の開発段階では特別料金を徴収する構想があったものの、このポリシーに反することから具体化することはなく、立ち消えになったそうである」(P116)としています。

確かに、阪急電鉄の特別料金を徴収しない姿勢は理解できますが、ここ近年では30分程度の所要時間でも、時と場所によっては特別料金を支払ってでも座りたい、というニーズを汲み取り、より付加価値の高い着席サービスを提供する、という動きもあります。

その具体的な例として、昭和末期から脈々と続いている南海電鉄「サザン」や、近年では泉北高速鉄道「泉北ライナー」、京阪特急「プレミアムカー」が挙げられるわけです。
これらの列車は、敢えて「お客様を区別する」施策を取るという、阪急電車とは真逆のポリシーを実現しているわけですが、特に通勤時間帯にはこのコロナ禍でも一定の利用が見られることから、実は乗客の意識も「区別されるのをよしとしない」から「区別できる選択肢が欲しい」というように、変わってきているのかも知れません。

そういった乗客の意識の変化があるとすれば、これまた過去からのポリシーで捨て去ることができないのは、ちょっと勿体ない気もするのであります。
阪急電鉄でも、例えば能勢電鉄と相互直通運転している「日生エクスプレス」は、日生中央→大阪梅田間では、朝ラッシュ時に50分弱の運転時間を要することもあり、こういった座席指定のニーズは低くないような気もします。
それを、過去からのポリシーが故に検討すらできないようであれば、ちょっと惜しいよな、と思ったりしますし、それができない「ポリシー」であるとすれば、それを「シンプルで、粋な判断」(P116)と評価するのであれは、ちょっと危険かもな、と思ったりしました。

・鎧戸:
阪急電車の車内で特徴的なものの一つに、「鎧戸」があります。
いわゆる「日除け」で、鉄道車両では窓の上から下へ降ろすロールカーテンが主流となっていますが、阪急電車では、逆に下から引き上げる鎧戸が採用され続けてきました。
本書ではこれを「"美学"が表れている」(P87)とし、「立ち客の視界を確保すると共に、駅に着いた際に駅名標が見えるようにという配慮の結果」(P87)としています。

ただこの鎧戸ですが、結構重量があるのと、窓上部でロックするのにちょっと力を入れる必要があるようで、下記記事のように「危ない」との指摘もありました。
阪急と北急の鎧戸は普通に危ない…変なところにこだわるの、やめません? | Osaka-Subway.com

私自身は、「危ない」というよりも、「そもそもロックの仕方が分からない」ので難儀した記憶がありましたし、同じように難儀する光景を見たことも少なくなかっただけに、日除けはやはり、南海電鉄・JR西日本などでも採用されているロールカーテンがいいよな、と思っていました。
勿論、様々な観点で鎧戸を採用し続けた姿勢は批判はしませんし、一定の理解は示しているつもりですが、それが「美学」(P87)とまで言うものなのか、というと、それもちょっと違うかな、とも感じたりしました。

もっとも本書でも、「近年のリニューアル車両では・・・ロールカーテンとなった」(P87)そうですし、近年の車両である「9000系や1000系は一般的な上から下げるタイプ」(P87〜P88)となっていると紹介されています。

そうなると、いずれこの「鎧戸」も過去の光景になるのでありましょうが・・・



上記のように、些細な点ではありますが、本書で示された阪急電車の取り組みであっても、決して阪急電車以外も負けているわけでもない事例も挙げてみました。

とはいえ、繰り返しになりますが、そういった点をカバーして余りあるほどの、ブランド力を有するまでに育ててきたのが、今の阪急沿線でありますが、それは鉄道事業のみというよりも、それ以外の小売・不動産・娯楽等の様々な事業の相乗効果、という意味では、鉄道以外の事業でどのようにブランド構築を進めてきたのか、というのを掘り下げてもよかったのかな、とも思いました。

もっとも、本書が「交通新聞社新書」であることを鑑みると、やはり取っつきやすい「鉄道」の分野を中心にまとめる、というのも一つの方法なのかな、とも感じた次第でありましたので、阪急沿線の方も沿線外の方も、本書を手に取って、阪急電車を中心とした阪急電鉄の、いわゆる「ブランド力」の構築事例を見てみて楽しんでみてはいかがでしょうか。



最後に個人的な興味をひとつだけ。
実は、個人的に本書でどう取り上げるのか、楽しみにしていたサービスとして「PiTaPa」がありました。

「PiTaPa」は、公共交通期間の乗車ICカードとしては、世界初の後払い方式を採用したカードでありますし、阪急電鉄は、能勢電鉄、京阪電鉄とともに、そのサービス開始時から全線でサービスを提供しています。

本書では「自動改札」(P158〜P161)、「共通カードシステム」(P162〜P166)、「プリペイド残高10円から乗車可能」(P167〜P169)と、改札や運賃収受に関する阪急電鉄の革新的な取り組みを紹介しています。
その文脈で見るならば、まさに「PiTaPa」はこれらに続くものであり、「手元にお金が無くとも乗車できる」という革新的な仕組みであったと思うのであります。

しかし、本書では「PiTaPa」には全く触れられていなのいは、残念であります。
これこそ、「残高を気にせず乗れる」という、お客様ファーストな施策であるのにも関わらず、であります。
阪急電鉄がサービス開始当初から導入しているということは、相応の主導権をもって導入してきたと考えられますが、それが全く触れられなかったのは、単に紙幅の関係か、それとも、何か別の理由があるのか、気になった次第でありました。




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