国鉄【鶴見】~ブルートレイン 原点~ | 昭和の鉄道写真&平成からの再出撃

昭和50年 東海道 総持寺踏切 跨線橋 撮影分からです

 

 

 

◆記憶には残っていないが

私が赤ちゃんだった頃から通っている跨線橋。

どんなに 愚図っていてもあせる ここに来ると ご機嫌だったらしい(^^♪

 

 

◇その頃(昭和38年)、まだSLが高島貨物線を牽引していたらしいが、

さすがに 赤ちゃんではカメラカメラを持っていなかった(笑)

 

 

◇小学6年生になって、リコーオートハーフというカメラを買ってもらい、

時のブルートレインブームに乗って、鉄道写真を撮り始めた。

 

まず最初に向かったのが この総持寺踏切 跨線橋。

今もここから撮ってるなんて、ちょっと不思議な気もするな。

 

 

 

◆そんな鉄道写真を撮り始めたばかりの頃の写真から、

このシーリズのスタートです。

 

久しぶりの昭和の鉄道写真なので 前置きが長いなm(__)m

 

 

 

■EF65 500番台P型+14系客車 ブルートレイン「さくら」

縦で撮ってるなぁ、架線が正面に掛かっていないし、お尻まで入ってる。

☆よくできました☆

 

 

 

■EF65 500番台P型+14系客車 ブルートレイン「みずほ」

現像が出来上がって来て きっとガッカリしたんだろうな、この出来では。

 

◇14系客車 ブルートレイン「みずほ」

この頃から

雑誌(父親が毎月 鉄道ジャーナルを買ってくれてた)の真似をして

後追いを撮っていた。

15両編成を数えながら タイミングを計っていたな♪

 

 

 

■EF65 500番台P型+20系客車 ブルートレイン「はやぶさ」

写真が斜めになる癖は 今も継承されています(´艸`*)

 

◇20系客車 ブルートレイン「はやぶさ」

電源車カニ21形が真下を通る。

この時のディーゼルエンジンからの排熱と匂い。

今でも覚えてます。

 

 

◆早朝からのブルートレインの通過が一通り終わると。。。

 

■157系 特急「あまぎ」 伊豆急下田⇒東京

晩年の姿です。

183系1000番台への置き換えが間近でした。

 

 

 

 

■101系 京浜東北線

101系も103系への置き換えが終了しようとしていました。

狙っても撮れない日の方が多かった。

 

 

 

■103系  京浜東北線 クハ103-180~-212 非冷房

シールドビーム2灯化された1次改良車。

 

 

■103系 京浜東北線 クハ103-269~-499 高運転台車

中間車2両だけが冷房車という時代が終わって

ようやく全車冷房になった編成。

嬉しかったんでしょうねぇ、跨線橋から「ライト点けて~!」と叫んだ(笑)

 

 

 

■郵便荷物車も通るし。。。

 

 

 

 

◇事業用車両も通る。

この頃の跨線橋は現在の跨線橋よりも道幅が倍近くあった。

なので、子どもが全力疾走で電車を追いかけても大丈夫だった。

 

◇この当時の跨線橋。 道幅までは分からないな。

 

 

 

■159系 修学旅行用編成

「こまどり」というヘッドマークは無かったが、

167系修学旅行用編成もデビューしていた時代なので貴重な1枚。

 

 

 

■EF15 高島貨物線

ブルートレインブームに乗って鉄道写真を撮り始めたが

やはり、こちらも撮ってますねぇ。

こんな地味な姿なのに。

 

 

◆総持寺踏切 跨線橋で一通りの撮影に満足すると、

そののち、様々な方向へカメラを持って向かう様です。

 

ブルートレイン・特急列車・貨物列車、たまに普通列車。

12才の少年は何をどこで撮ろうと考えたのか。

 

 

 

さて、次はどこへ行く? ・・・・どこかで聞いたセリフだな(^^)/

続きます(^_-)-☆