(中央線201系国鉄仕様、今回の紹介模型ではありません)

模型の導入順に、当時の思い出を話しながら同時に交検(定期運転検査)を行っている「模型紹介シリーズ」。

今回は、201系の話。

今の方が関東の201系というと、「2010年ダイヤ改正で消滅した車両」と言うイメージですが、私を含む昭和生まれの人間としては、「国鉄が作った、新時代の省エネ通勤電車」という思い出があります。

これは、上の写真のモデル(近日登場)のようなイメージで、「前面が斬新なブラックフェイス」「101系から続く、特別快速の大看板」がかっこよく、私としては一番好きな通勤電車だった。

 

中央線の103系が全廃する数を製造した後、関西地区の東海道・山陽線にも導入され、こちらは転属しながらも現在でも現役。

 

その後、総武慣行線にも導入。こちらは一部をコストダウンした「軽装車」と呼ばれる物でしたが、前面のブラックフェイスは、継続してくれていた。

 

時は流れて平成時代。総武慣行線に209系500番台・E231系0番台を導入され、同時に故障の多発していた103系の撤退と、201系の転属が有り、同時に青梅線の完全201系化と余った車両を京葉線へ導入。そのため、京葉線にはいろいろな形式が走ることになる。

この頃私は、やっと満足できる画質になったデジカメを導入して、一部ではあるが撮り鉄を始めていた。

ただし、模型は始めていない2005年頃だった。

 

中央線も撮影していなくは無いが、時代と共に省力化され、「前面種別幕」を備えた姿が、どうにも不細工に思えて、撮影する気にはなれなかった。

あと走行音も「プワァァァァァ」というサイリスチョッパ音ではなく、「シュゴーーーー」という、ジェット音が多かったことも、コレじゃ無い感が強かったorz

 

逆に、青梅線を走っていた201系は、国鉄時代を彷彿させるデザインだった為、どちらかというと、そちらを撮影しに行くことも多かった。

まぁ、実家も青梅線に有るので、その関係も有るんですけどね。

 

デジカメ導入と言っても、初期は貰ったカメラで200M程度の画質で、満足出来ずに2年後に買い換えることになるんですが、見直すと「四季彩・初代塗装」なんて貴重な物も残っていた。

 

模型を導入中の2009年には中央線・青梅線共に、E233系の置き換えの真っ最中で、予備車兼訓練車だった「四季採」も、さよなら運転を行い撤退。

まさかの青梅線から201系消滅の瞬間だった。

 

そして翌年の2010年3月に、中央線で残っていた「H4編成」「H7編成」も、「愛されて30年」のステッカーを掲載して、最後の運用を行い撤退することに・・・。

「まだ30年しか経っていないのか」と同時に、「私が40才超えている」という現実に引き戻されることに・・・orz

 

今回、プロローグが長くなってしまったため、模型の導入の話まで行きませんでしたが、それだけ思い入れがある201系と言うことです。

と言うことで、魔改造した模型の紹介は後編にて・・・・。

 

以上、「省エネ電車201系の、思い出」でした。

 

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