皆様、おはようございます。いかがお過ごしでしょうか?今日も、
ポッポの丘リポートをお届けしたいと思います。
一通り見学した後、旅行会社・
トラベックスツアーズのガイドツアーに申し込んでいたので、物品即売所になっている千葉都市モノレール前に集合。
ツアーの人員は10名程でした。まずは
ポッポの丘の村石社長のご案内のもと、10t入換動車のもとへ。ここでは旧敦賀港線で走っていた10t入換動車が、国鉄の車掌車4両を牽引して
「ミニ観光列車」として活躍しています。まずは車掌車に乗せてもらい1往復、そして特別に10t入換動車のデッキに乗せてもらって1往復しました。
その後坂道を上がり、今回のツアーのハイライト部分へ。丘の上には、かって国鉄の千葉管内で活躍した113系電車と183系電車が並んでいました。
(本日のトップ画像です)
今回のお目当ては、普段は非公開のブルートレイン
「日本海」号の特別車内公開でした!先頭についているのは、DE1030号ディーゼル機関車です。この機関車は青函連絡船の入れ換え機として主に使用され、現役引退後は東京・船の科学館の所に保存されていた青函連絡船
「羊蹄丸」の中に展示されていました。
しかし青函連絡船
「羊蹄丸」が閉館すると、この機関車も解体の危機にありましたが、縁あってこのいすみの地に安住の地を得ました。ちなみに一緒に展示されていたスハ44形客車は、真岡鉄道へ引き取られました。
特別に見せていただいたDE10の機関室
(運転台)です。これを見ていると、運転には相当な神経を使っていたのだな、と改めて感じました。
機関車の後ろに連結されているのがA寝台車
「オロネ24-2」号車です。こちらは主に寝台特急
「日本海」号や
「あけぼの」号、急行
「銀河」号などで使用されていました。
その車内です。この形式は
「プルマン式」といい、通路を挟んでボックス席
(夜は2段ベッドになる)が並んでいるタイプです。個室式寝台車が登場するまでの間は、A寝台はこの
「プルマン式」が主体でした。
A寝台の昼間の様子です。A寝台車は座席車で言えば
「グリーン車」に相当するので、座り心地もかなり良かったです。
A寝台をセットした様子です。椅子の背ずりをずらして、ベッドにします。幅も広くて、一人で寝るには贅沢な程の広さでした。
車内の片隅に設けられていた喫煙室です。寝台内部は禁煙なので、当時のA寝台車にはこの様な喫煙室が設けられていました。2008年
(平成20年)2月に東京~大阪で急行
「銀河」号に乗った際は、多くの鉄道ファンがここで
「夜の語らい」をしていた事を覚えています。
次に連結されているのがB寝台車
「オハネフ24-2」号車です。寝台特急では最後尾につくため、車掌室が設けられています。また製造当初は三段式寝台でしたが、増備された24系25形B寝台車が二段式寝台を採用し、それが好評だったためこの24系24形B寝台車も二段式寝台に改造された、という経緯があります。
これがそのB寝台です。ベッドが櫛形に並んでおり、1ボックスで4名定員になっています。真ん中に見えるのは、上段に向かうための
「はしご」です。
車端部は2名定員になっていました。これを見ていますと、B寝台でもベッドの幅は70cmとかなり広く、寝心地は改善されたといえます。ちなみに急行用10系B寝台のベッド幅は52cmで、
「カイコ棚」という有り難くないあだ名まで付いていました。
そしてこのツアー限定の特別企画「車内放送体験」がありました!あのブルートレインの車内放送を実際に体験できる!というツアー限定の企画で、一番楽しみにしていました。このB寝台車
「オハネフ24-2」の車掌室の放送設備は、今でも稼働できるようになっており、ちゃんと
「ハイケンスのセレナーデ」のオルゴールも鳴るようになっていました。私はこの車両に相応しく、寝台特急
「日本海」号青森行きの車内放送を行いました。
(画像に写っているのは、筆者本人です。添乗員さんが撮影してくれました)
男の子なら、子供の頃一度は憧れた
「列車の車掌さん」。体験とはいえその夢を叶えて下さった、ポッポの丘の村石社長とトラベックスツアーズの企画担当者には感謝です!
ツアーはここで解散となり、あとは自由行動になりました。坂道の途中には、神奈川県の大山ケーブルカーで活躍していたケーブルカー
「たんざわ」号が保存されていました。
このケーブルカー、搬入の際には何とヘリコプターで搬入されたそうです。現在は車内等の整備が保存会のスタッフによって進められており、将来的には車内の公開を目指しているそうです。
この後もあっと驚くサプライズがあったのですが、そのお話はまた次回をお楽しみに!
Twitterも始めました。アカウントは
「@Tabitotetsukiti」です。良かったら、フォローよろしくお願いいたします。