鉄道写真アーカイブ~1991年の嵐電撮影 | 鉄道とバスのブログ

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1991年に撮影した嵐電の写真をお見せしよう。

モボ111。嵯峨駅前。


モボ112。帷子ケ辻。
モボ111形は1932年に111 - 117の7両が田中車両(現・近畿車輛)で製造された。

車体・車内装備は旧モボ101形と同様であるが、制御器が芝浦RPC55に変更され、連結運転を見越して当初より連結器を装備している。台車は住友KS46Lを使用している。モボ114は1984年に、残りの6両は1992年~1993年に廃車となった。


広隆寺の境内から撮影したク201

広隆寺の山門とク203。太秦

モボ122。太秦

モボ101とモボ124。
太秦

モボ106
モボ101形は1929年に6両を新造。

車体は前面非貫通型・15m級2扉の半鋼製となっており、前面窓には3枚窓を採用し、運転台上に前照灯を、前面窓左上に標識灯を、右下に行先表示サボ受けを装備している。落成当初は、バンパー下にストライカーを装備、床下のロックフェンダにつながっていた。またドアと連動したホールディング・ステップを装備していたが戦時中に撤去された。自重は19.6t(新造時)

塗装は落成当初は単色塗りであった。モボ121形の落成後、当形式とモボ111形も塗色変更、雨樋から窓下までがダークアイボリー、窓下から車体下部までがダークグリㅡンで、現在に至るまで80年近くの長きに渡って標準塗装として受け継がれている。

車内はロングシート構造で、網棚と吊革支持金具が一体となった構造が珍しかった。

制御器はGE製PC6(電空カム軸式総括制御)が採用された。

主電動機はSE129B(44.8kW)×2、駆動装置は吊り掛け駆動、台車はは主電動機はSE129B(44.8kW)×2、駆動装置は吊り掛け駆動、台車は新造時は神戸製鋼所製のトラックCを使用していたが、これは貨車用のトラックCを使用していた。

1968年~1970 年に台車が日立KL15台車に交換され、1975年に車体更新が行われたが形式は変更されなかった。


モボ123-モボ203。山ノ内

モボ121形は1936年~1937年に10両を製造。

車内装備はモボ101形・モボ111形と同様である。制御器は芝浦RPC50、台車は川車BWE12を使用している。なお、このBWE12台車はイコライザー式であり、国内の低床形電車へ採用例はこれが唯一であった。









ク202。山ノ内
ク201形は1950年に3両を製造。

路面電車では非常に珍しい制御車である。

車体および車内設備はモボ101形・モボ111形・モボ121形に類似しているが

  • 後部側扉が中央に移動した前中扉構造を持つ嵐山向きの片運転台車であった。営業運転時は4個モータのモボ121~モボ124に連結された。1996年廃車。


    モボ504。西院
    モボ501形は嵐電で初めての冷房車で1984年、1985年に4両を新造。車体は15m級、乗降扉は片側2箇所で前面は非貫通型であり、デザインは東京都電7000形の車体更新車(現・7700形)に類似している。従来車の前・後扉配置をやめ、後扉を車体中央に移動した前・中扉配置となり、前扉も車体の最前部に移動したため、一般的な路面電車のスタイルとなった。従来車の運転台は、日本国内の鉄道車両では一般的な配置の、進行方向左側に置かれていたが、モボ501形ではこれも路面電車同様中央に移され、乗務員扉も運転席の右側のみの配置になった。運転席と客室は仕切りにより区切られ、客室内の確認は運転席右側の開口部から行う。なお、この部分と運賃箱の上には遮光用のアコーディオンカーテンが設置され、夜間運転時の前面窓への室内の写りこみを防いでいる。

  • 前扉は、ワンマン運転時に乗客個々の定期券・乗車券の確認を容易にするため、1列での降車を前提としており、やや幅を狭くしている。中扉の進行後方には車掌台が設置され、この部分の窓は、車外確認を容易にするため、引き違い式となっている。


    集電装置は四条大宮・北野白梅町側の屋根部にZ型パンタグラフを搭載したが、新製時からZ型パンタグラフを装備した車両は、嵐電ではこのモボ501形が初めてとなった。トロリーポールの操作が不要となったため、前面窓は大型ガラスの1枚固定式としたが、これも嵐電初であった。前面窓上にはこれも嵐電初採用の行先表示器を、下両側に前照灯・標識灯を、右上にワンマン運転用の後車鏡が備わる。


    車体外板の塗装は、濃淡グリーンのツートーンカラーとされた。そのため、従来車よりも明るい印象となっているが、他車には波及せず、モボ501形自体も、後に501号を除く全車が、従来標準色であるグリーンとベージュのツートンへ変更されている。


    客室の座席はロングシートであるが、シート表地の色は赤だった。


    ワンマン運転の開始に伴い、運賃箱は路線バスのように運転席左側に進行方向に対し斜めに設置された。この配置は、従来車で左側の乗務員扉があった場所に、降車口となる前扉が移動したことに由来する。当初は、運転台後方に乗車整理券発行機が設置されていたが、2002年7月1日の均一運賃制移行・スルッとKANSAI導入に伴い、乗車整理券発行機は撤去され、運賃箱には路線バス同様のカード処理機が取り付けられている。


    走行や制御などの主要機器と補器については、501号はモボ111形・114号から、502 - 504号はモボ121形129・130・128号からそれぞれ流用されており、同一形式ながら種車(たねしゃ = 部品供給元車)による差異がある。駆動装置は吊り掛け式、台車は 501号が住友金属工業 KS46L 形を、502 - 504号が川崎車輛 BWE12 形をそれぞれ装着していた。後に501号車の台車が川崎車輛 BWE12 形に換装され、2018年3月にモボ611形やモボ631形と同一の制御機器と住友FS93に換装された。


    503・504号車は2000~2001年に廃車となった。


    モボ121-ク201。西院

    モボ123-ク203。西院。

    この頃から旧型車の廃車が急ピッチで進められた。