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阪神車庫での脱線事故 原因はブレーキの遅れ

2020(令和2)年6月22日に阪神電鉄の車庫内で発生した、車止めに衝突しての脱線事故。「運転士のブレーキ遅れが原因だった」と発表されました。

この事故については以前の記事で原因を考察しましたが、結局は単なる操作ミスだったわけですね。まあ、その可能性もあるとは思っていましたが……。

今回の記事は、この事故についての見解です。

今回の脱線事故の概要

まずは、事故の状況をおさらいします。

車庫内の線路にて、リニューアル工事を施した車両の走行試験(試運転)をしていました。360mの線路で、50㎞/hまで加速。その後のブレーキ操作が遅れ、約20㎞/hで線路終端の車止めに衝突・脱線。こういう流れです。

事故の起きた場所 車両基地の隅の線路終端部分

運転していたのは免許を持たない社員だった?

運転していた社員ですが、どうやら居眠りなどをしたわけではなく、「このあたりからこれくらいの強さのブレーキを掛ければ停まれる」という目測を誤っただけのようです。

「現役の運転士が、そういうブレーキ感覚を誤るのは変じゃない?」と思うかもしれません。しかし今回、運転していたのは、免許を持つ運転士ではありません。車両部門の社員(おそらく免許は持っていない)が運転していたとのこと。

「えっ、免許を持たない人が運転していいの?」と思うかもしれませんが、条件によっては免許なしで運転してもOKなのです。たとえば、以下のような場合です。

  1. いわゆる見習運転士が指導者同伴で運転する場合
  2. 本線を支障しない側線を運転する場合

①は容易に理解できるでしょう。
②ですが、「本線を支障しない側線」という難しい言葉が出てきましたが、ようするに車庫・車両基地のような場所のこと。そういう場所での運転には、免許は不要です。

この話、自動車にたとえると理解しやすいです。自動車って、公道に出ず私有地内を走るだけなら、免許なしでもOKですよね。それと似たようなことが鉄道の世界でもあるわけ。

そもそも車庫内で走行試験をすることが適切だったか?

さて今回の事故、「運転していた社員は何をやってんだ」と責めるのは簡単です。が、私の感想はちょっと違っていて、「そもそも車庫内で50㎞/hも出す走行試験ってどうなん?」です。

事故の起きた場所、報道では「車庫の試験線」などと書かれていましたが、ここ、別に試験線でも何でもないのでは……。両隣の線路に他の車両がフツーに置かれていることから見て、昼間や夜間に車両を置いておくための、単なる「留置線」だと思われます。

いや、留置線で走行試験をすること自体は、別に問題ありません。問題は速度です。

こういう留置線を含めた車庫内は、25㎞/h以下または45㎞/h以下で運転するのが、業界では標準的なルールです。阪神電鉄では、もしかしたら50㎞/hで運転してよいルールになっているかもしれませんが。

仮に、車庫内の制限速度が25㎞/h以下または45㎞/h以下だった場合、50㎞/hでの走行試験をしていたこと自体に、そもそも問題があります。
(走行試験のための特例扱いだったかもしれません)

50㎞/hを出したければ、車庫の外、つまり「本線」で試運転する方が安全だったでしょうね。再発防止のために、今後はそういう方針に切り替えるのではないでしょうか。

ATSを切って走行試験をしていた?

それから、今回の事故で気になるのは「ATSを切っていたのではないか?」という点。

ATSとは、列車の安全を守るために、強制的にブレーキを掛ける装置です。たとえば、

  • 赤信号や線路終端を行き過ぎそうになった
  • カーブやポイントの制限速度をオーバーしそうになった
  • 線区で指定された最高速度をオーバーしそうになった

こういう危険な状況を回避するために、強制ブレーキを掛けるのがATSです。

ウチの会社では、車庫内での制限速度は25㎞/h以下に指定されており、速度オーバーすると、ATSが働いてブレーキが掛かります。

阪神電鉄の車庫内での仕組みがどうなっているかは知りません。が、もしウチの会社と同じように、ATSによって車庫内25㎞/h以下の制限が設定されていた場合、50㎞/hでの走行試験は不可能です。ブレーキが掛かっちゃうので。

仮にそうだとしたら、ATSを切って走行試験をしていたことになります。

ATSとは、(今回のように)人間がミスをした場合のバックアップ装置ですから、それを人為的に切って事故るというのは、鉄道会社にとって最大級の失態なんですね。

事故の再発防止に必要なのは「人ではなく事象を見ること」

阪神電鉄の細かい運転ルールやATSの仕様までは知らないので、ここで書いたことは私の憶測です。詳しいことをご存知の方がいらっしゃったら、教えてください。

あとは、本事故から学べる教訓をまとめておきます。

運転士が事故を起こした場合、単に運転士を責めるのではなく、その背景まで探る必要があります。もともと事故(ミス)の起きやすい背景があったとすれば、それを改善することが必要だからです。

今回の件でいえば、「そもそも車庫内で走行試験を行うのは適切なのか?」「走行試験の方法に問題はなかったか?」は見直すべきでしょう。

そこのところを間違えて、「○○がミスした? まったくアイツはダメだなぁ。もっとしっかり指導するか」という“属人化”の方向に進んでしまうと、事故の芽は摘めません。いずれ、他の社員がまた同じような事故を起こすことになります。

別の言い方をすると、再発防止策を考えるときは、「人ではなく事象を見ること」が大切なのですね。この考え方は、鉄道会社でなくとも業務に活かせるので、覚えておくと、みなさんの役に立つかもしれません。

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